One-side game
4.
昨日の荒れた天気が嘘のように晴れ上がった日。
雨季を過ぎた日差しは強く、いくらその辺りに散歩という名の視察に出るのが好きな自分でも外に出て行く気にはならなかった。
が、それでもふと手を止めれば、積み上げられた書類の山に気分は沈む。
集中力が切れたな、と半ば投げやりな気分で息をついた時、内線が鳴った。
これが暇な中央の友人からの電話だったり、もっと暇な厭味を言うスキルだけは10人前なお大尽だったりしたら受話器を机に置いて右から左へ流そうと心に決めつつ応対に出れば、凸凹な兄弟の来訪を告げられた。
先日の件が終わってからまた3日だ。不可抗力で強制的にイーストシティへ帰ってこざるを得なくなっていたが、事が収束する前に姿を消していたのにまた戻ってきたのか。
まぁ丁度良い息抜きになるかと思った所で、騒がしい足音が聞こえてきた。
「よー大佐ぁ」
「ノックをしたまえと何度言ったら判るのかね、君は」
バン、と遠慮なく開け放たれた扉を見やる事もなく、いつもの文句を投げてやるが、もとよりこのきかん気の塊のようなひねた子供が聞くはずもなく、へ、と鼻で笑われる。
本当にいつもの通りだ。1週間ほど前も同じ応対をしたような気がする。次いで入ってきた弟がすいませんすいませんと頭を下げる流れまで。
「…このパターンにもそろそろ飽きてきたな」
「じゃあ次は窓から登場してやるぜ」
「兄さん、ほんとやめて…」
がっくりと鎧が肩を落とす。そんなやり取りを聞きながら、大佐は書面にサインを入れた。
この2人が来たからには、帰るまで仕事にならない。完全にペンを置いてしまうと机に頬杖をつく。
ちなみに、あ、放棄の体勢だ。と兄弟は思ったが、もう今更つっこむこともなかった。
「何処へ行ってたのかね?」
「ペオリア。リュカんとこどうかって思って」
しばし視線が泳いだが、やがてああ、あそこにいた技術者か、と思い出した。
「技術者たちの大半は、半強制的に軟禁されていたようなものだからな。調書を取ったらお役ご免だ。問題ない者はなるべく早く帰れるよう手配したはずだが」
「うん、喜んでた」
「それはなにより」
「…あの、いま大半は、って仰有いましたよね。そうじゃなかった人もいるってことですか?」
問えば、彼にしては珍しく遠い目をした。
何を思い返しているのかは知らないが、この男にこんな表情をさせるとなると、かなり不穏な感じがする。
やがて一つ大きく息をつくと、苦笑を浮かべた。
「…君らの向かった方にいた面々は運が良かったな」
「そういや、何かこっち終わってもバタバタしてたみたいだけど」
「一部説得に少し手こずってね」
「説得って…。あの時中尉に聞いたけど、運び屋の連中は皆捕まったって」
「・・・何処にでも火遊び好きのマッド・サイエンティストは転がってるということだよ」
大佐は珍しくげんなりした様子で。これは余程だと、兄弟は2人して顔を合わせて疑問符を飛ばした。
爆発物に転用されるかもしれない医療用薬品を違法に横流ししてた会社を摘発して、摘発に協力した証人も証拠も無事で、会社に家族を盾に軟禁されていた研究者を開放し、裏で人員の斡旋や横流しの品を動かしていたのもさくりと捕まえて。そして自分たちは報酬にありつく、と。(最後が重要)
「大団円じゃん」
「そうなるはずだったんだが、一部手違いが発生した」
「・・・どこで?」
遠い。
視線がすっっっごい遠い。
「・・・ようは、三食昼寝つきで少々危ない実験もし放題、という環境にご満悦で、現実世界に戻るのを拒んだ者がいてね。しかも火気が使えないのをよくご存じで。銃での脅しは効かず、逆にニトロの原体持ち出してきてこちらを脅したりと…」
「うへぇ・・・」
「うわぁ・・・」
いなくて良かった、そんな現場。
こちらは見張りに立ってた奴をノシて、関係ない工場の人をびっくりさせて、研究者の面々には感謝されて、ハイ、終わり!という、寧ろもうちょっと何か…と思うほどにはあっさり片付いたのでさっさと撤収していたというのに。
何て極端な。
「…結局出ばっていかなければならなくなったし。大変だったんだよ…」
え。
「大佐が!?行ったのか!?んなトコに!?」
「上を出せってそればっかりで。煩かったんだよ」
いやそれにしたって、ありえないだろう。気化した可燃物が蔓延しているかもしれない場所に焔の錬金術師をぶちこむだなんて。
「斬新な自殺方法だよな…」
「その場合私も巻き込まれる事になるじゃないか。嫌だよ、男と心中なんて」
問題はそこじゃないと思う。
しかも2人とも。
アルフォンスは内心でつっこんだが、何だか2人とも本気で言っているっぽかったので、それ以上深く考えるのは止めておいた。何となく、この2人はこんな感じの思考パターンがわりと近いものがあるような気がする。
・・・猛烈な勢いで否定されそうなので何も言わないが。
「ちなみに館内に入る前に、発火布は中尉に没収された」
「だろうなー…」
万一本当に気化ガスがあれば、何かの弾みに火花の一つでジ・エンドだ。
ホントありえない。
「更に余談だが、結局延々薬物反応の講釈に付き合ってやったら、最後はある程度満足したのか素直に退去していただけたけどね」
「なんて言って連れ出したんだよ」
「『あなたの理論は斬新で素晴らしい。一民間企業に固執するのではなく、もっと上を目指してみたらどうか』」
「詐欺じゃん」
「目指したらいいじゃないか。塀の中で」
・・・そんな爽やかに笑われても。
「…大人って汚いなぁとか思う所だよな、今のは」
「可愛げのあるマッドで良かったよ。本物だったら洒落にならない」
「だから今日皆ぐったりしてるんだな…」
ごく少量でかなりな威力を持つ薬品だ。しかも製薬工場とくれば他にも可燃物は山盛りだろう。誘爆なんかした暁にはどうなるのか、想像も付かない。
「よく皆さんご無事でしたよね…」
「幸運の女神に心から感謝したよ」
「悪運の間違いだろ」
別にどちらでも良いけどね、と大人は笑った。
「それで。何しに来たんだね君は」
「あ、そうそう。実はこないだの報酬貰いに来てやったんだけど」
「実は、じゃないだろう。しっかりしてるね、君は。・・・しかしあの後君が逃亡してしまったから、捏造山盛りの顛末書の作成が増えたじゃないか。手間かけさせておいてそれかね」
「あんたの手間?」
「ハボックの手間だな」
押し付けやがった。
さも自分がやったようにさらりと言うところがすごい所だと思う。褒められた話ではないが。しかも捏造って何だ、捏造山盛りって。
だが本人は何ら悪びれる所もなく、のうのうとしている辺り、出世するとこーゆー手の抜き方になっていくんだー、と子供の中には間違った認識が植えられていっているが、当事者は知る由もない。
ちなみに回りの面々が知れば、一緒にしないで!と叫ぶかもしれないが。
しかしこのセコイ大人は減点箇所を上げていって、今回のドタバタをただ働きにするつもりなんだろうか。そうはいかない。
「トランク保護したのオレたちだし」
「一歩間違えば大変な事になったがね」
「でもそりゃオレたちに押し付けた時点で一緒だろ?」
いーじゃん解決したんだし。
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺