One-side game
窓から覗けば、まだ小さい子供たちが何人か、肩から提げた木の箱にパンなどを詰め、降りてくる乗客相手にしきりと声を掛けている。
「・・・そういや朝食ってねーもんな…」
「ボク、買ってくるよ。待ってて」
足元に置いていたトランクを自分の座っていた席に避け、アルフォンスは席を立った。
その背中を何とはなしに見送っていれば、窓の外からは威勢のいい子供たちの声が聞こえる。言うほど自分たちと歳は離れていないのかもしれない。あれは親の手伝いでもしているんだろうか。
「兄ちゃんパンいらない?」
不意に後ろから話しかけられて、エドワードは振り返った。
まだ10歳にも届かないだろう子供が、外の子供たちと同じような木の箱を提げてパンを差し出している。どうやら停車している列車の中まで入ってきているらしい。
「オレとこのは朝焼き立てだぜ。まだあったかいんだ。120センズ」
「高くねーか?普通100くらいだろ」
「配達料込みなんだよ。それにそこらのパン屋のよりでっかいぜ!」
「わかったわかった。じゃ、1個…」
いっぱしの口をきく子供に、エドワードはポケットから小銭を取り出して手渡そうとした時だ。
「…あ、コラ!中まで入ってきちゃダメだって言っただろ!」
「ヤベっ」
扉を開けて入ってきた車掌の声に、子供は小銭も受け取らず、通路を反対側へ走って逃げ出した。
「あー…」
手元にはまだほの温かいパンが一つ残された。
このままではワザとではないが、ただ食いになってしまう。やれやれ、とエドワードが腰を上げたとき、ふと通路に何か光るものがあった気がして、座席の脇に目にやると、そこには短いチェーンに通された、小さなロケットが。
「これ…」
前のほうから出発の汽笛が聞こえてくる。
急いで指先で拾い上げて、子供が逃げて行った降り口のほうへ。途中、戻ってきたアルフォンスとかち合った。
「あれ?どうかした?」
「ああ、ちょっとな…。あ、いた。おい!」
呼べばまだホームをウロウロしていた子供が振り返る。こちらを見ながら首を傾げているのに、「金、まだ払ってねーだろ!」と呼びかければ素直に走って戻ってきた。
「律儀だなー兄ちゃん」
「お前いつもあんな事してんのか?」
「…だってオレ、皆みたいに窓まで手、とどかねぇもん。じーちゃんな車掌さんは見逃してくれるのにさ」
頭固いオトナってヤんなるよな。
そーだな、ヤんなるよなマジで、とか何やら兄は出口の上と下でその小さい子と意気投合している。・・・一部、のセリフにすごく共感したんだろうなということは、前後が分らないアルフォンスにも手に取るように分った。
もう一度汽笛が鳴り、汽車がガタンと一つ大きく揺れた。
「兄さん、汽車出るよ」
「ああ。あ、そうだ。なぁ、コレお前の?」
「あ!オレのロケット!」
やはり子供の持ち物だったらしい。余程大事なものだったのか、ロケットを両手で受け取って抱き締めんばかりだ。
「これ、母さんの形見なんだ。兄ちゃんありがと!今度寄ってくれたらサービスするな!」
「・・・拾ってあげれて良かったね」
「…そーだな」
大きく何度も何度も手を振りながら去っていく子供を見送って、出口に屈んでいたエドワードは立ち上がって膝を払った。徐々にスピードを上げていく列車の通路を伸びをしながら車輌の扉を開ける。
「何かすっきりしたら腹減ってきたな。さっきのあいつから買ったパンが・・・って、おい!?」
自然目に入った自分たちの席を見やって、思わずエドワードは叫んだ。
下半分が開いた窓に、トランクが挟まっている。
いや、勝手にトランクが挟まるわけがないのだが、席には誰もいない。勝手にトランクがもそもそと動いているように見えるだけで。
誰かが、窓の外からトランクを引きずり出そうとしているのだ。
「ちょ…ッ」
慌てて席へ駆け戻って手を伸ばすが、発車した揺れに、途中で枠に引っ掛かっていたトランクはそのまま車外へ。
「やったぞ!」
「早くずらかれ!」
「待てコラァ!!」
窓をすべて持ち上げて顔を出せば、何人かの子供たちが一目散に逃げて行く。
この明日は何処とも知れぬ旅の中、手持ちの荷物はトランク一つだ。確かにそんなに無くしたら終わり!みたいな重要なものは入ってないといえばないが、手帳と、あともう一つ。
「アル!お前はこのまま東方司令部にそれ持ってけ!」
「兄さんは!?」
「カバン取り返すに決まってんだろ!」
危ないよ!とアルフォンスが声を掛けるよりも早く、エドワードは開け放った窓から車外へ身を躍らせた。
「兄さん!」
いくら走り出したところとはいえ、汽車はすでにかなりなスピードで動いている。だがエドワードはバランスを崩しながらもちゃんとホームに着地した。
「すぐ追い掛ける!」
窓から顔を覗かせているアルフォンスを安心させるように手を振ってやった。のに。
「街壊しちゃだめだよー!」
「兄の心配しろ弟よぉぉー!!」
ドップラー効果付きで去っていく弟にはたぶん抗議は届かなかっただろう。なので、全力での突っ込みを見てくれる者もホームにはなく。
エドワードは一つ息を付いた。
「ったく、ホント面倒な事になってきたぜ…」
いくら今日は最初から幸先が悪かったとは言え、また新しいパターンでやってこられたような気がする。厄介事に。
ちょっとでも関わると、碌な事になんねぇな…。
「・・・手数料上乗せすっか」
戻ろうとしなければ、これは起こる事のなかったコトだし。
汽車の蒸気はもう見えない。
一つ大きく息をついて気合を入れなおすと、エドワードはコートの裾を翻して湖畔の街へと駈けだした。
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺