One-side game
2.
「…っしゅ」
「?」
何だか場の空気にそぐわない、妙に控えめかつ可愛らしい何かが聞こえたような気がして、手を止めて顔を上げた。
見回してみるのはいつもと変わらぬ司令室。
数人の同僚があーだこーだ言いながら落ち付きなくうろうろしていたりして、手を止めているのは自分だけで誰もそのさっきのアレを聞いたものはいないらしい。
空耳か?と思ったところで首を廻らせれば、ちょうど一段落付いたらしく、書類を整理していたファルマンと目が合ったが、こちらは何ともなさそうなので除外。
・・・と。一番奥の席で書類に目を通しながら鼻の辺りをこすってる上司発見。
まさか。
今のあんなヲトメなくしゃみの主は。
「・・・・・・風邪ですか?」
恐る恐る問い掛ければ、ん?と上司は顔を上げた。
「別に何とも無いが」
無意識か。デフォでアレなのか、あのくしゃみ。
何だかこう、色んな所につっこみたくはなったが、他に目撃者もいないので何とも出来ず、ハボックははぁ、じゃ噂でもされてるんですかね、と適当に視線を投げた。
「噂くらいでくしゃみが出るなら今頃凄い事になってるぞ」
主に私が。
「・・・ああ、あちこちから睨まれてますもんね」
「街で私を待っているお嬢さん方の溜め息が聞こえるようだよ」
そうくるか。ちくしょう通じねぇ。ていうかそもそも聞いてない。
目が合えば何か呼ばれてる気がする。どうやら上官殿は退屈しているのか用があるのか判らないが、人の事を呼び寄せたいらしい。いい加減自分でも机にかじり付きっぱなしの書類仕事に飽きてきた(基本的に苦手だ)のではいはい、と答えて腰を上げる。するとファルマンも同じものを感じたか、席を立った所だった。
2人揃ってのこのこと近寄っていく。すると、自分の執務室があるお陰でさっぱり片付かない色んな物が散乱した机の上の、明らかに軍支給ではない封筒が目に付いた。
軍で使われているものではないが、何処にでもあるような灰色の封筒だ。
この上官に届く手紙は、脅迫状から恋文までそれは実に幅の広い。だからこそ逆に、こんな何の飾り気もない手書きの手紙はよけい目立つ。(だいたいヤバイ方面のお手紙はタイプライターで打たれた物で、まずは軍の郵便課で一度開封される)
ハボックの視線の先に気付いたか、上司はそれまで手にしていた書類・・・と、どうやらコレが中身のようだ。封筒のサイズに合わせて4つに折られたこれまた味も素っ気もない便箋を差し出してきた。
少なくとも恋文ではないらしい。それにちょっとばかり安堵して広げてみれば、
「・・・『ハンプトンにて以前村に来ていた連中を見掛けた』・・・?」
見知らぬ名前が混じった簡単な近況のようなものと、その一文が綴られている短い手紙だ。
「ハンプトン?」
「東部と中央の境界付近にある湖の街ですね。直通の列車はありませんが、最寄り駅より湖沿いに街道を回って車で20分程の所です。主な産業は紡績とビール」
ファルマンの解説に、そういえばそんなところもあったかな、と記憶を辿る。
「この街がどうかしましたか?」
「少し前に、休暇がてら視察に行っただろう」
休暇がてら視察・・・って行ったっけ?
って、オレじゃなくて大佐か?
「・・・ああ!にんじんのアレ!」
「・・・・・・。」
深く考えずに言ってしまってから、しまったと思ってももう遅い。
無言の圧力を感じて、つーっと視線が泳ぐ。
それまで無表情だった上官が、ヤバイほどの笑顔でこちらを向いている。
「…私は証拠隠滅した方がいいのかな」
そのアタマの中身ごと。という続きまでは声にしてないというのに、確かに聞こえた。
何が嫌って、その不穏極まりない台詞通りのことができるのだ、この上司は。しかも手袋つけてパチン、で済む。下手すれば灰すら残らないかもしれない。
「すいません忘れます。マジでもう言いません」
いつの間にしていたのか、手の甲に赤い錬成陣が。
視線を合わせるのが怖くて目を逸らせば、ファルマンはちょっとばかり微妙な距離を取っていた。巻き添えにならなさそうなくらいの。
それでも、ハボックのああチクショウ薄情者!という視線が効いたのか、「あの時、大佐は山奥の隠れ村に行かれたんでしたか」と話を振る。
上司の視線はまだハボックに固定されていて、何かまだ言いたそうだったが取りあえず不問に伏す事にしたようで、そうだ、と一つ頷いた。
そのウワサの先日の上司の休暇は、中央の古馴染み2人と一緒だった上に有意義なものだったらしいのだが、ちょっとした仕込みのなされていた事柄だったらしい。(これ以上の詳細は突っ込むと命に関わるので略)悪友のヒューズ中佐のお陰で良いように使われた、と返ってきてからぼやいていたと思うけど。
もう一度封筒に視線を落とす。
乱雑な、というか書き慣れてない感じの字でティルト、と裏にサインがしてあるが、これが差し出し人の名前だろうか。
「そこでは技術者たちを狙ったいざこざがあってな。行った時にたまたまその件を知ったんだ。あの後、その村にちょっかいをかけていたらしい者たちの足取りを追っていたんだが、それがそいつらだ」
「追い掛けてたんで?」
「何となく引っ掛かったからな。…工業部品だ流通だ何だと手広く扱う業者らしい。ちょっと前までのブームは鉄鋼だったようだが。腕の良い技術者達を強引に集めて何をしようとしていたんだか」
「でも、結局あの後何もなさいませんでしたよね?」
「大人しくなってしまったからな、表向きには」
いっそもう一暴れしないかと待ってたんだが。とか何とか微妙な事を呟いて、大佐は封筒をひらひら振っている。
「また懲りずにちょっかいかけてきたとか?」
「いや、あれ以降村にはもう手出ししてはいないようだ。あの村はそう簡単に立ち入れない場所にあるし、まだ年若いがしっかり者の守護者がついてる。そんなに心配はしていないが」
が?
「どうせなら元から潰しておこうと思って」
「さらりと物騒な事言ってますね」
まぁ色々物騒なのはいつもの事だけど。人畜無害そうな顔をして、うちの上司は時々思い出したように好戦的だ。無駄な喧嘩は回避するが、時折、売られた喧嘩を高額買取り倍返ししてたりするので。
というか基本的に守りより攻撃系なんだよな。
今まで片付けてきたあれやこれやが頭をよぎる。ちょっとアレな事を軽く流す上司は、全く表情一つ変えず言い切っていた。
ということは、裏で何かしてないか、探りを入れている所だったんだろう。
・・・探りだけで自ら乗り出さないことを祈ろう。
でないと仕事が増えるので。
そんな部下たちの内心の声は天に届いたのか、「それよりも今問題なのはこっちだ」と大佐は今度は山の上に積んであった書類を指で示した。
あ、何か嫌な予感。
「…中央の某方が変に渋ってなかなか資料を耳揃えて回して貰えないとか言ってませんでしたっけ」
「南部で調査しようとした所、それとなく何処かから圧力が掛かって証拠を揃える前に握りつぶされたと耳に挟みましたが」
「そりゃ根深い」
受け取った書類に視線を落とせば、先日から内偵を始めた製薬会社についての資料一式だった。
――――軍と医療系商社との繋がりは深い。
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺