One-side game
実際のところ、医療分野は軍にとってなくてはならない使える産業である。商社側にしてみても、新薬にしろ何にしろ研究開発には莫大な金がかかる。研究のネタによっては巨額の資金提供を期待できる軍部との強力な繋がりは無くてはならないものだ。
だからこそ、査察だ摘発だ何だの話になる暁には、なまじっか軍部との繋がりが強いからこそ余計に手入れに入るにも、明確な証拠がいる。
誰から見ても不正ですよー。これ下手にかばうとアナタも巻き添えですよー、みたいな奴が。
逆にそれだけ手順を踏まなければならない分、そういった軍部に属する商社などの摘発は難しい。身内の邪魔が入って、とはとても世間様には言えない理由で、だが。
それだけでなくうちの上司ときたら、ただでさえそういう上のヒトタチに色んな意味でチェックされてるので、こういった情報を出し渋りされるのは、別に珍しい事でないし。
「ようやく上がってきたんで?」
「いや、埒があかなそうなので面倒になって」
時間稼ぎされてる間に逃げられても嫌だし。
しれっと答えた上官殿は至極つまらなさそうな顔で資料を眺めているが、これはきっとあれやこれやの手回しで別ルートから仕入れてきたものだろう。
たぶん、こーゆー所が嫌がられる元なんだろうが。
ちらっと何か四角い眼鏡が頭を過ぎったが、いつもの事なので気にしない。
「具体的に動きはあったんですか?」
「動いてるといえば動いている。さっき届いた資料に面白い物を見付けてな」
今回の、問題の商社もそんな中の一つ。
本部は中央にあるが、数年前より東部に数カ所工場や支社を建てている。が、あちこち土地を無理矢理買い上げて工場を広げたり、行った先で高額の報酬を約束とかして結構強引な手法で人集めしてライバル他社に色々仕掛けたりと、派手な行動で評判はよろしくない。
下手に軍をかさにきた商社と地元で小競り合いが起こったら後々面倒だし、折角落ち着いてきた軍の評判を悪い方向で蒸し返すのもアレだし。
じゃぁまずは取りあえず牽制がてら他におかしな事がないか査察でも、という話になっていたと思うんだが。
基本的に別件の山場に掛かりきりだったので、こちらの状況はその辺のさわりの部分までしか知らず、ほとんど進行状況なぞ知らないのだが。
「進んでないんですか?」
「進んでいる。・・・どちらかというとこちらの予想を遙か飛び越しているが」
「はい?」
「お前にも動いて貰う事になるかもな。…それよりまずこちらだ。5枚目下段」
何か気になる物言いだが、確かに現状を把握はしてないので、素直に渡された資料を捲っていけば、景気の良い数字の羅列の後に、物資の輸送の委託先だ何だ、色んな方面の委託先とかの一覧が。
ざっと上から目を通していけば、途中見た覚えのある名前に目を止める。
「ドールマン商会…」
「覚えがあるだろう?」
・・・ああ、なるほど。にや、と口元を歪めた男に何が言いたいのか何となく判ってきた。
「覚えも何も、かかりっきりになってますよ、お陰様で」
ここ数日の惨状を思い出して、ハボックは眉間に皺を寄せた。
追っていたのは、そこらによくいる密輸団の一部だ。
西の方でぶいぶい言わせていたらしいその一団が、調子乗りのりで東部に進出してくるとの噂と、そのメンバーと思しき奴のイースト付近での目撃談から始まった水面下のあれやこれやは、思ったより面倒なもので。
先日、ようやくその組織の連中が出入りしていた宿ごと摘発掛けて、その場にいる面々は全員ふんじばったのだが。
押収した資料の中にそいつらの流した品を動かすのに協力してるのではないか、と目を付けていたのが、その商社の繋がりのある会社で。
しかし物的証拠も繋がるところは何も出てこなかった為に、そっちには結局お咎めなし。まさか昨日の今日でまたこの名にお目に掛かる事になるとは思わなかった。
表向きは物流や人の斡旋とかをしてる、真っ当そうな表の顔があって・・・
・・・て。
そこでようやく大佐のさっきの話と繋がった。
「もしかして、そっちの村とかでその人集めとかしてたのって…」
ご名答。
よくできました。と無言で語ってくる目に、ハボックは大きく息をついた。
そうだよな、こんなとこで脈絡のない話するわけないよな。
何か、折角一区切り着いたかと思ったのに。そんな風に繋がりがあるんだったら、続行しなきゃいけないんじゃないですか、調査。
しかも話、大きくなってる気がする。ああ。
「喜べ。上げればでかい獲物だぞ」
ああ駄目だ。すっごい楽しそう・・・。
「オレは有休が遠ざかったのがちょっと痛いです…」
「さっさと片付けてしまえばいいだろう。そんな長引く事でなし」
「は?」
何だか非常に軽く言ってくれたそれに疑問符を飛ばせば、一瞬あれ?という顔をした大佐(見た感じ判りづらい)とファルマン(こっちも判りづらい)は次いで、ああ今気付いた、みたいに一つ頷いた。
「…そうか、お前あっちにかかりきりで本当に聞いてないんだな」
「聞いて即移動になりましたから仕方ないですよね」
「へ?」
話が見えないんですけど、と遠慮なく顔に出せば、ポン、と資料を叩いて大佐が続けた。
「――――今、ブレダをその街へ向かわせている」
「…そういや今日見ないなって思いましたけど。何かあったんですか?」
「大ありだ」
上司が重々しく頷けば、ファルマンも同じように頷く。
「その件のターゲットの現場主任から連絡があったんですよ」
「・・・何だって?」
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺