One-side game
「あ、…そういえば中尉何処にいるか知りません?ちょい一人借りてきたくて」
「中尉なら朝に来てそのまま出てますよ」
「なんだ、お前まだ見てないのか」
?何を?
「すごく新鮮な気持ちになりましたよ」
「私の見立ては間違ってなかったろう」
ふふん、とか何か無駄に自信満々に胸を張ってる意味が分からない。中尉がどうしたというのか。
「あの・・・」
「――――噂をすれば、だ」
何なんだ、と聞こうとしたところで、
「ただいま戻りました」
大佐の予言通り、聞きなれた凛とした声がする。ちょうど良かった。
お疲れ様です、と振り返って軽く声を掛けようとした体勢のまま、ハボックは、一瞬の間の後、慌ててタバコを銜えなおした。思わず反射で軽く口笛でも吹くところだった。
何せ戻ってきた上官の姿はとても見慣れないものだったので。
普段と変わらぬ規則的な靴音は、それでも今は高めのヒールに合わせていつもと音が違う。彼女は変わらぬ足取りで机の前までくるとカツンと踵を合わせて敬礼を。
「エイミス氏のご家族を保護しました。リンターホテルに待機していただいています」
「ご苦労」
そのまま報告に入っているのを目の前に、ハボックは後ろ手にファルマンをつつく。
「・・・中尉、朝からあれで来たのか?」
「いいえ、途中で着替えられていたようですが」
普段からキリッと隙のない軍服姿の上官だが、髪を下ろしているだけでも随分と違う。同じ隙のない格好とはいえ、落ち着いたグレーのタイトのスーツに、縁の細い眼鏡をかけた彼女はそのまま有能な秘書といった趣で。
どうしよう。何かいいもん見た。
「そーだよなぁぁぁあのまんまだったら絶対誰か何か言ってるよなぁ」
むっさい男の集団(大佐談)の中に一輪の秘書。あああすっごい新鮮で、イイ。
既に現時点で、司令室に残っていた面々(主に野郎ども)の手が完全に止まってる。たぶん心は皆同じだ。
が。
何だかそんな幸せそうなほわんとした空気(むしろデレっとした空気かもしれない)は、部屋中に蔓延する前に、ボスのわざとらしい咳払いに一気に散らされた。
「…どうかされましたか」
「いや…。取りあえず君は着替えてきたまえ」
えー!!
そのまま!今日はそのまま希望!!
秘書!秘書!!
大佐の方を向いている中尉に見えないのをいい事に、一気に盛り上がる野郎どもの無音のシュプレヒコールと熱気に、上司は非常に穏やかな、かつ非情に冷たい笑みを浮かべた。
「・・・お前ら全員外回り行ってくるか?」
ノン!それはノンです!
誰が好き好んでシフトでもないのに外行くかこの暑い中!
シュプレヒコールは即ブーイングに移行した。
段々何だか混沌としてきた司令室に「だったらさっさと動け馬鹿者ども!」と上司の声がこだまする。(ちなみに中尉はとうの昔に部屋にはいない)
わーきゃーと騒ぐ下士官たちをあらかた部屋から追い散らした後、大佐は机を見つめながら疲れたように小さく呟いた。
「・・・何処まで話していたか忘れた」
「オービスのおっさんみたいな事言わんで下さいよ」
「50代と一緒にするな。お前も覚えてないくせに」
「さり気に失礼ですね。そんな決め付けんといてくださいよ」
「じゃ何処まで話したか言ってみろ」
「そんなん覚えてるわけないじゃないですか。…ってすいませんすいませんこれ以上焦げたくないです」
ギブギブ、と両手を上げると目の前に突き出されていた手がすっと下ろされた。つかちょっとした冗談なのに、そんなどよんとした怖い視線で上目遣いに見ないで欲しい。・・・まぁ確かに結構大事な話をしていたはずだが、完全に話は逸らしてしまったのは確かだが。
「無駄な体力を使ってしまった・・・」
ごもっとも。
緊張感がないといわれればそれまでだが、えてしてここ、東方司令部では作戦前とかでも直前まではいつもこんな感じなので。(そういえば西から転任してきた新人が目を剥いていたような気がしないでもないが気にしない)それもこれも上司がああだから。
まぁこんなお遊びノリも、事が起こるまで。
一度事が起これば模範的な軍人らしく、迅速な行動を・・・って。
「大佐、ブレダ少尉から急ぎの連絡が入っております」
既にキリっといつものスタイルに戻った中尉が、書類を手に司令室に戻ってくる。
ああ、ちょっと勿体ない。
資料を中尉から受け取ると、大佐は手近な受話器を上げた。
「結局のところ信用できるのか?その証人」
「話としては通っているらしいんですが。なので少尉がお一人で行かれてるんですよ。もし書類が使えそうなものであれば、そのまま近くの支部に護衛を要請する算段で」
「なるほどねぇ…」
取りあえず、相槌をうったそのときだ。
「・・・何だと?」
あ?
あからさまに調子の変わった大佐の声に、司令室の中に残っていたメンツが揃って注意を向ける。
空気が変わった。
「エイミスが現れない?」
・・・ああ、やっぱり。
平和な午後よ、さようなら。
んなすんなりコトが運ぶわけないってことらしい。
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺