One-side game
「地図を出せ」
受話器を肩に挟みながら短い指示が飛ぶ。
適当に書類の山を退けて広げた路線図を含めた詳細地図。それに目を落とし、手にしたペンで街の一つに印しを付ける。
バーレイ。
ここが証人と落ち合う筈だった駅、と。
「それらしき人物がいないということか?」
『目印持ってるようなのも、該当しそうな年代の男も駅の付近にはいません。ただ、ちょっと気になるのが』
少し背を屈めて受話器に顔を寄せた。少々くぐもっているが同僚の声だ。予定外の事にちょっと苛立っているのか、珍しく口調がはやい。一旦言葉を切ったブレダは、僅かに声を潜めた。
『人相の宜しくない連中がやたら駅の周りウロウロしてますね。何か探してるようです』
「見た顔はあるか?」
『今の所はありませんね。そちらはどうなんで?』
「つい先程、中尉が証人の家族を保護して戻ってきたが…」
『そりゃ何より』
それは確かにまぁ何よりなんだが。
「・・・あのぅ・・・」
受話器を挟んで、目が合った大佐が首を傾げる。
「証拠も証人もいなかったら困るじゃないか」
「困りますよね」
『オレは現在進行形で困ってますよ』
「あのーすいません・・・」
「気付かれたか?だがそれだと駅を張っている意味はないし」
『監視するならやっこさんの家とか見てるでしょうからね』
「だとするとMr.エイミスが一度駅付近で目撃されている可能性があるな」
「まだとっ捕まったりしてないって事ですかね」
「だといいがな」
「・・・あのッ、すいませんー!」
いきなり割り込んできた場違いな高い声に、思わずその場にいた全員が動きを止めて扉を振り返った。
自分が声を上げたからとはいえ、一斉にその場の全員の視線を向けられて驚いたのか、その鎧は扉の影に隠れるようにして軽く頭を下げた。
「え、あの。すいません、門のおじさんに事情話したら、直接こっちへって…」
「・・・アルフォンスくん?」
「はい」
思わぬ子供の登場だった。
東部のプチ台風(主に兄の方を指す)エルリック兄弟が旅立ったのは、確か一昨日だったような。
何でまたこのタイミングで?
「…ごめんなさいね。今ちょっと立て込んでいて…。エドワードくんはどうしたの?」
「あ、ちょっと、途中ではぐれちゃって…」
さすが切り替えが早い。ホークアイは遠慮して扉から入ってこないアルフォンスを笑顔で中に促し、司令室の隅の休憩場所代わりのソファへ手招いた。
常にない空気を感じ取っているんだろう。アルフォンスは心なしか縮こまりながら、見慣れたトランクを手に導かれるまま部屋の片隅へ。
『…アルが戻ってきたんですか?』
「ああ、何やら兄は迷子らしい」
誰もそんな事言ってないのにまたこの人は。
幸いこちらの電話越しの会話はアルフォンスたちには聞こえていないらしい。ブレダの状況報告を聞きながらも、途切れ途切れに聞こえてくる中尉と話している内容にも耳を傾けてみる。
「見ての通りの状況なの、少しだけ待っていてくれる?」
「あ、ボクは大丈夫です。これ、届け物をしにきただけですから」
「?エドワードくんのトランクを?」
「いえ、よく似てるけどこれ、預かりものなんですよ」
ピタ、と目前でメモを取る手が止まった。
上司の黒い瞳が、す、とアルフォンスたちの方へ向けられる。
中尉もそこに違和感を感じたのだろう。ゆっくりと首を傾げて見せた。
「・・・誰から?」
「朝、汽車に乗る時に乗り損ねたおじさんから預かったんです。…東方司令部に届けてくれって」
「アルフォンス!」
「わぁ!」
突然遠くの席から大佐に強く呼び掛けられて、子供の肩がビクッと跳ね上がった。
「君たちが乗ったのは何処の駅だね」
「え、あ、バーレイ、です」
余程驚いたらしいが、そこはちゃんとあの兄弟の片割れらしく、はっきりと返してくる。
「どんな人物か覚えているかね」
「はっきりとは・・・あ、でも手首に包帯巻いてたような…。確かちょっと白髪混じりの痩せた男性でした」
歳は・・・たぶん結構上だと、思うんですけど…。
「・・・鋼のは何故別行動を?」
「…あの、途中停車駅のペオリアでトランクを取られちゃって…。兄さん、追い掛けて汽車から降りちゃったんです」
「・・・・・・。」
・・・この兄弟は何でまたそんなレアな事を。
多分この場にいる全員の考えている事は同じだったろうと思う。
が、もう今更そんな事くらいでは動じないのか、それともお仲間(基本が規格外)のよしみか、上官殿だけは深く突っ込まず素で流した。
「ではそのトランクは鋼ののものではないんだね?」
「ええ、兄さんのは持っていかれちゃったので…」
そこで大佐は一瞬の間を空けた。
それから、念のためにだが、と前置きして、トランクを指す。
「開けて貰っても良いかな?」
「え、でも番号とか判らないんですけど…」
「一度試してくれないか。君の兄さんの番号で開かないかどうか」
「あ、はい」
鎧の大きな指で器用にトランクのダイヤルロックを回す。部屋の中の全員がアルフォンスの動向に注目している。
数字を並べ終わり、ロックに手をかけ――――
カチン、と錠の外れる音が。
「あ」
「…アレ?」
「え、じゃ、じゃあこれもしかして…!」
アルフォンスがトランクの蓋を開けた途端、転がり出てきたのは数冊の本、衣類他。何処にも書類らしきものはなく。
「・・・コレ、兄さんのトランクだ・・・!」
「ブレダ、引き続き証人の足取りを追え。ペオリアへはハボックをやる」
オレかよ!というツッコミは口から出ない。まぁ予想してた事なので。
『アイサー。…うまいことエドがトランク取り返してりゃ良いんですがね。…証人の方はどうするんで?』
視線を一つ投げかけると同時に、副官はそれだけで意を酌んだか、無言で頷いて手近な受話器を手に取った。
「こちらから連絡して別に人をやる。捜索がてら市内の巡回を増やせば奴等もそうそう派手には動けん。連中がまだ彷徨いているということは目的のものは見付けてないということだろうからな」
『連絡は直で?』
「直接こちらに」
『了解です』
それじゃ、と残してブレダからの電話は切れた。
受話器を置いて、大佐は指先でイーストへの路線を辿った。バーレイ、ルータム、…ペオリア。色の変わるラインぎりぎりだ。
「アルフォンス。すまないがその荷物を受け取った時の話を詳しく聞かせてくれないか」
「はい。・・・バーレイには、終電がそこまでしか行かなかったので1晩だけ宿を取りました。それでボクたち、イーストで乗り継いで南へ行こうとしてたんですけど、何か朝から余裕がなくてバタバタしてて。汽車にも乗り遅れそうになったんですけど、何とか飛び乗れて漸く落ち着いたと思ったら、同じように乗り遅れたのか走って追ってきている人がいたので…」
乗り込むのを手伝うつもりで手を伸ばしたのに、その、何処か切羽詰まった様子の彼は僅かに戸惑う素振りは見せたあと、突然手にしていたトランクを列車に投げ込んできたのだ。
『すまない、これをイーストシティの軍司令部に…!』
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺