貴殿の傍に・・・
「これは・・・凄い」
凄まじい数の兵が辺りに転がっていた。踏みつけぬように気を配り、周囲を見渡しながら幸村は一人の男を捜した。
「政宗殿はいずこに居られるのだろうか」
視線を更に上にやり、より遠くを見渡した。すると一人の男が立ち尽くしている様子が見れた。すぐさま彼に駆け寄る。近づくにつれて容姿が露わになっていく。
「政宗殿!」
全く気付いていなかったのか、名前を呼ばれて初めて幸村に顔を向けた。そして幸村は彼を見て呆然とした。政宗が生きていて喜んだものの、彼はあまりにも弱りきっていた。それもそのはずだ。彼らの周りに倒れる者達は皆、政宗の手にかかったのだ。体力を消耗していなかった政宗であったなら、多少の傷は負うものの今のように弱りきる事は無かったはずである。
「幸・・・村」
名を口にした途端、政宗はその場に崩れた。幸村は慌てて彼を抱き起こした。ぬめる何かが幸村の手に触れる。疑問に思い、自身の手を見た。それは明らかに今流れたばかりの鮮血だった。
「政宗殿!何故貴殿が斯様な姿になられておるのだ!」
分かっていたが、認めたくない。幸村の体が震えた。
「某だけ置いていけばこのようなことには・・・!」
政宗の体を支える手に力が篭る。
「言うな。これは俺のやりたいようにやった結果だ」
政宗が幸村に手を伸ばす。震えながら、ゆっくりと。幸村に触れようとするとき、傷口の痛みに政宗の手が離れた。幸村はその手をとり、己の頬へと導いた。手が優しく幸村の輪郭をなぞる。
「Ha・・・泣くんじゃねーよ。俺はアンタを泣かせたくてアンタを逃がしたわけじゃねぇ。俺は、アンタに笑って生きてもらうために・・・っつゥ!」
「政宗殿!」
聞き取りにくくなる政宗の声を聞き逃さぬよう、幸村は顔を近づけた。
「アンタの声、本当にうるせえ・・・な。何所にいても、聞こえてきやがる。だが、嫌いじゃねぇ。むしろ・・・」
アイシテル。この言葉を残し、政宗の体は動かなくなった。幸村に触れていた手がスルリと離れた。
「聞こえませぬぞ、政宗殿。某のようにとは言わぬが、もっと、大きな声で、いつものように凛々しく言ってくだされ。もう一度、某を・・・某を見て、言ってくだされ・・・っ!」
政宗の体を掻き抱く。顔を彼の肩口に埋め、声を殺さず、ひたすらに己の未熟さを悔いた。一通り泣き、涙も枯れた頃、ようやく幸村は政宗から顔を離した。
「お慕いしております、政宗殿。某は・・・」
政宗の唇に己のソレを触れさせた。
「政宗殿のお傍にいたく存じます。」
政宗を胸に抱き直す。
「政宗殿は笑って生きて欲しいと申された。・・・今の某には政宗殿のおらぬ世など、いりませぬ。笑うことなど、できませぬ」
近くに転がる政宗の刀に手を伸ばした。
「どちらにせよ、政宗殿の申した事に守れそうにありませぬ。ならば・・・」
己にその刃を突き刺した。体を貫いた刃から、また口からも赤い液体が流れ出す。それとは別に、彼の目から先ほど枯れたと思われたものが溢れた。
「もう一度、貴殿の傍に。某が参りますゆえ、某を・・・待って、いて・・・・・・」
言い終える前に体は地に倒れこみ、砂塵が舞う。腕に抱く者の刀で貫かれた体は、誰が見ても苦しそうだった。しかし、彼の口元には笑みが浮かんでいた。彼は、愛するものの傍に行く事が出来たのだろうか。
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