DISCORD
* * *
謙也は足を止めた。無我夢中で走っていたら、いつの間にか観客席の最後列に立っていた。中央のアリーナには既に選手の姿はなく、係員が整備を始めていた。自分の周りにも、もう観客は一人もいない。試合が終わったのだから、当然帰ったのだろう。
一人で頭を冷やすにはちょうどいいだろうと自嘲しながら、一番後ろの座席に腰を下ろした。深い溜息を吐き出し、頭を抱えて項垂れる。
「アホや、俺……」
彼の、部長としての並々ならぬ想いを踏みにじってしまった。皆同じように勝ちたかったはずで、それはもちろん謙也も同じだった。このチームの勝利を誰よりも願っていたのは白石だ。知っている。“頑張った”だけではいけないのだ。
そう思うと、またしても視界がじわりと滲んできた。慌てて手の甲で目を擦る。
「目ぇ擦ったらアカンよ」
ふわりと頭に手が置かれると同時に降ってきたのは、耳に心地良い声だった。咄嗟に振り返って彼の顔を見ると、白石は一瞬目を見開いた。その後すっと目が細められ、笑顔を形作った。どことなく気恥ずかしくて、顔を背ける。謙也の座席の後ろに立っていた白石は、座席を跨いで謙也の隣に立つと、謙也の隣の隣、一つ席を空けて、浅く腰掛けた。
「アホ、捜したわ……ちゅーかな、お前、走るん速すぎやねん」
「さ、先行っとけーて」
「そない言うても、お前、流しソーメン会場知っとんかっちゅーねん」
「……知らん」
「アホ」
「……」
沈黙が流れる。謙也は俯いて、膝の上の今にも震えだしそうな自分の拳を見つめていた。
重い沈黙を破ったのは、白石だった。
「せやから、その。あの、さっきは、ごめんな」
らしくない、歯切れの悪い言葉。謙也は白石の横顔を見た。
「何やイライラしてて。ケンヤにだけは怒鳴りたなかったのに、何か、色々、爆発してしもた」
「……俺も、すまん。白石の気持ち、ちゃんと考えてなかった」
「そないなことあらへん! ケンヤ、俺のこと気遣ってくれてたやん。俺がそれに気付かんのんが悪い!」
白石は身を乗り出して、必死に訴える。何だかかわいくて、おかしくて、思わず笑みが零れた。
「何やねん、おまえ。さっきむっちゃノリ悪かったのに」
白石も「お互い様や」と笑った。
「なあ、隣、行ってええ?」