カテリーナⅡ
5.
ロシアに行って、ナターリヤさんのお兄さんとお姉さんに会った。
二人とも、いい人そうで私はほっと安心する。
イヴァンさんにソファを勧められるままに座った。
「ありがとう」
思いがけないお礼をされて、私はきょとんとした。
何かお礼をされるようなことをしたつもりはないのに。
「何に、対してでしょうか。」
聞くと彼はふ、と笑った。
「君には、おかしな光景かもしれないね。僕たちの話は聞いているだろう?」
「ええ。・・・すみません。部外者が・・・」
「謝らないでいいよ。感謝しているんだ。ナターリヤは僕を男として、愛していたから。気を悪くしたらごめんね。でも、あの子に自分を取り戻させてくれて、ありがとう。」
イヴァンさんはにっこりと笑ってキッチンに立っているナターリヤさんを見た。
ああ、この人は。ずっと。
ずっと、どうしようもできなくて、諦めていたのかもしれない。
誰かが、どうにかしてくれるのを待っていたのかもしれない。
「いえ、私は自分のしたいように行動しただけですから。」
「ナターリヤのこと、大切にしてあげてね。」
「勿論です。」
突然、イヴァンさんの紫の瞳がきらりと光を帯びる。
彼女よりも濃い紫。
「振ったりしたら、・・・・どうなるかわかってるよね?」
笑顔なのに瞳は笑っていない。
背中から黒いオーラのようなものが見えた。
本当はこういう人なのか。・・・逆らったりしたら血を見そうだ。
「振られることはあっても、振ることは絶対にありませんよ。」
私は嘲りのまじった微笑をすると、イヴァンさんは首を傾げた。
「そうかな?ナターリヤは君が思っているよりも、君のことが好きだと思うけどなあ。」
口を開こうとしたら、インターホンが鳴った。
ちょっとごめんね、とイヴァンさんは玄関へ向かう。
「誰か来たみたいだぞ?」
キッチンからナターリヤさんの声が聞こえる。
お姉さん――ライナさんがばたばたとこちらに走ってきた。
「イヴァンちゃん、私がでるから!」
ライナさんが玄関に出た時にはすでに扉は開いていた。
金髪に水色の瞳の眼鏡をかけた男が立っている。
噂のライナさんの恋人のようだった。
「Hey!ライナ、夕食の招待ありがとう。イヴァンも、会うのは久しぶりなんだぞ!」
その男は、よく通る声ではははと笑う。
陽気な人なのだろうと思った。
ライナさんはにっこり笑って振り返る。
「アルフレッドくん、来てくれてありがとう。妹を紹介するわね。」
玄関にやってきたナターリヤさんは明らかに殺気を放っていた。
手には包丁が握られている。
さっきまで料理していたとはいえ、これはすごく怖い状況なんじゃないか・・・。
私は彼女の様子を確かめるためにおそるおそる話しかけた。
「ナターリヤさん・・・?」
「なんだ本田、私は今目の前にいる眼鏡の男をどう嬲ろうか考えているところだ。邪魔するな。」
案の定怖いことを考えていた彼女を制止する。
キィっとアルフレッドと呼ばれた男を睨んでいた。
「俺、なにか悪いことしたかな・・・」
とアルフレッドさんは困惑して、頭の後ろを掻いた。
ライナさんはナターリヤさんの殺気に気づかずに、彼女に向かって微笑む。
イヴァンさんははあ、と溜息をついた。
私はもう一度彼女に話しかける。多分私が一番の適役なのだろう。
「ナターリヤさん。」
「邪魔するなって言ってるだろう本田。」
私まできいっと睨む彼女を見て、額に手を添えた。
はあ、と深い溜息をついて、彼女の瞳をまっすぐ見つめる。
アメジストの瞳がこちらを向いた。
「邪魔しますよ。貴女が私以外の男のことを考えているのは癪に障ります。」
私は彼女の腕を掴んで包丁を取る。
彼女は私の言葉の意味を理解すると、かあっと頬を火照らせた。
本当にこの人は、かわいい人だ。
「折角のお食事会なんだから、みんな仲良く、でしょう?」
「う、お前がそういうなら・・・。」
彼女はしゅんして、呟いた。
けれどすぐキッとアルフレッドさんのほうを向く。
「私はまだお前を認めていないからな!」
睨まれたアルフレッドさんは言葉に詰まって、けれどすぐに声をあげて笑った。
彼以外のその場にいる全員が、頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる。
「ははは!ライナ、君の妹はとても面白い子だね!」
ライナさんは混乱してきょろきょろとアルフレッドさんとナターリヤさんを交互に見た。
「ごめんね、妹が・・・!」
「褒めてるんだぞ!こんなにあからさまに敵意を向けられたのは初めてだよ!!」
「え、ええと・・・とりあえず、ごはんにしましょう?」
ライナさんとナターリヤさんはキッチンに向かい、テーブルに料理を並べていく。
ナターリヤさんから聞いていた通り、ライナさんはナターリヤさん以上に料理上手だった。
アルフレッドさんはライナさんの手料理を食べたのは初めてだったようで、料理を食べて感動していた。