本気と冗談
「文、腕……さっきよりきつそうだけど」
「んー? まぁー仕方ないですよ。力抜くわけにもいきませんし、かといって力入れ過ぎてもバランス崩れて落ちてくるかもしれませんから。この微妙な力加減を保たなければなりません」
「……文」
「何心配そうな顔してるんですか、らしくない。大丈夫、絶対に霊夢さんに落としたりしませんから」
「いや、私じゃなくてあんたのことが――」
「私は大丈夫ですって。ほら、幻想郷最速ですよ?」
「この状況、速さ関係ないわよね」
「細かいこと気にしてると、大きくなれませんよ? 主に胸とか胸とか胸とか」
「ここ出たら真っ先にあんたを殴ってあげるから、覚悟してなさい」
「おお、怖い怖い」
文は笑っているが、額には汗が滲んでいた。
同じ状態をそのまま保つというのは、想像以上に厳しいことだろう。それをこんな風に、冗談を交えながらも保っている文は、流石と言える。
だが霊夢から見て、もう文はギリギリの状態なのではないか、と思えた。
この状況を打破するにはどうすればいいか、思考を巡らす。
「あ……思い付いた」
「はい? 何をですか?」
「文、私に乗っかっても良いわよ」
「はい!? えーと……どういうことですか?」
「腕曲げて完全に密着しちゃえば、あんたも楽でしょ?」
「いや、そうすると霊夢さんに負担が……」
「大丈夫よ。きつくなったらちゃんと言うし。それよりも、今はあんたの方がギリギリだから」
霊夢は考えた結果、それが今はベストだと思ったのだ。
まだ完璧な脱出策が思い付いていないこの状況で、いつ出るか分からない解決策よりも、文の負担を軽減することを優先にした。
「でも、ちょっと恥ずかしくないですか?」
「さっきのに比べたら、だいぶ楽よ」
「はは、ですね。では、本当に良いんですね?」
「ん、ゆっくりね。そうしないと、バランス崩れちゃうだろうし」
文は頷き、伸ばしていた腕をゆっくりと曲げて、霊夢に近づく。
何故か霊夢はジッと文を見ていて、視線を外すことが無い。顔が近付くにつれて、なんとなく照れが生まれる。
そして、互いの吐息が、敏感に感じ取ることが出来るくらいに、近い距離になった。
二人とも、声を発さない。
次に、上半身が密着する。
ふにゅり。
柔らかい胸と胸とがぶつかり、その形を変えた。
「……霊夢さん、辛うじて胸あったんですね」
「張ったおすぞ。く、これだから胸に余裕あるやつは……」
「いや、別に私も大きいわけじゃないですし。ただ霊夢さんよりは確実にあるってだけで」
「それ以上、胸のことを喋ったら、今ここであんたと一緒にくたばってやる」
「あやややや、それはある意味プロポーズですかね。出来れば別の状況で聞きたかったですけど。ん、重くないですか?」
「物は重くないけど、あんたが重い」
「……最近リアルにちょっと増えちゃったんですから、そういう冗談やめてください」
「意外、あんたでもそういうの気にするんだ」
「気にしますよ。女の子ですもの」
密着状態。
首を少し曲げ、顔と顔が当たらないようにする。常時顔が密着してしまっては、いろいろと危険だからだ。
だから、互いに今の表情は見えない。
「ねー霊夢さん」
「んー?」
「私、気付いちゃったんですけど、言っても良いですか?」
「言うな、絶対。というか、言ったら私も言うわよ、気付いたこと」
「あやややや、それは困ります」
「よし、なら黙ってなさい」
互いに気付いたこと。
密着状態だからこそ分かったこと。
それは、互いの鼓動だった。
どうでもいいような会話をしている最中でも、その鼓動は響いていた。速く、そして酷く煩い鼓動。
そのことに気付いてしまったから、二人とも何を話して良いか分からなくなる。
「……というか、あんたはなんでそんなどきどきしてんのよ?」
「あー!? 言わないって言ったのに言いましたね!? なら、なんで霊夢さんこそどきどきしてるんですかぁ!」
「……してないわよ、別に」
「嘘はいけませんよー。あ、もしかして私のこと意識してくれちゃってたり――」
「寝言は寝て言え。冗談は言動だけにしろ。くたばれ」
「一気にいろいろ酷いこと言われたー!?」
「そういうあんたこそ、私を意識してるんじゃないの?」
「……してますよ、そりゃあ」
「は?」
霊夢からすれば、冗談で言ったつもりの一言。
いつも通り、笑って冗談を言い返してくることを予想していたため、予想外だった文の言葉に、一瞬耳を疑った。
顔は、見えない。どんな表情をしているのか、分からない。
「霊夢さんは、自分で思ってる以上に魅力的なんですよ? 気付いてますか? 人や妖の類、さらには鬼や妖怪の賢者まで、皆貴女に魅かれて神社に集まってます」
「……いや、あいつらはただ騒ぎたいだけでしょ」
「ただそれだけで、集まったりしませんよ。皆、貴女が居ると楽しいのでしょう」
「私、そんな面白いことしてないけど……」
「はは、私からすればもう存在が面白いですよ?」
こいつ、この状況じゃなかったら一発殴ってやるのに。そんなことを思いながらも、霊夢はなんとか堪えて、文の言葉を聴く。
「そしてもちろん、私も貴女に魅かれてます。確かな興味を持ってます。そんな相手と、こうして密着かつ二人きり。どきどきしない理由がありませんよ」
「えっと……その、文」
「ま、でも私はどうやら嫌われているようですからね」
「え?」
「さっきもくたばれとか言われちゃいましたし、まぁ普段の言動から仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが」
文の少し残念そうな声。
言動に自覚あったのか、と霊夢はツッコミそうになるが、今重要なのはそこではなかった。
霊夢からすれば冗談だった言葉が、文を傷付けてしまった。
表情は見えないが、きっと今は悲しそうな顔をしているだろう。
霊夢は一言、ただの冗談よ、と言おうとしたが、考える。自分は文のことを、どう思っているのかを。少なくとも、嫌いではないのは確かだった。パートナーを組んだこともあるし、それなりに信頼もしている。よくお茶もするし、話していて、一緒に居て楽しい相手だ。
では好きなのか。
そう考えると、霊夢には分からなかった。
どういうことが好きということなのか、よく分からないのだ。
だが、嫌いではない。
「あ……文、そのさ、私――」
「くく、ははは!」
「へ?」
「いえ、冗談ですよ。もちろん、本気で霊夢さんが言ってるなんて思ってないです。いやー顔を見なくても、いろいろ考えているのが伝わってきましたよ」
「~っ!? この、馬鹿文!」
「うわ、ちょ、暴れないでくださいってー!?」
霊夢が顔を真っ赤にして、暴れた。
物置に、二人分の少女の叫び声が響いた。
~少女手当て中~
「はぁ……軽傷で良かったです」
「あれはあんたが悪い。私は絶対に謝らない」
「はいはい、あれは私が悪かったですってば」
ぷいっとそっぽを向いて、いかにも怒ってますといった態度の霊夢に、思わず笑ってしまいそうになる文。
ここで笑ったらもっと怒りそうだから、笑うことはしないけども。