ドラマチック (静雄×臨也/童話パロ)
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臨也は男から目が離せなかった。
珍しく混乱していたのだ。
『何で?何でバーテン服?
バーテンがこの化け物の城に出張ウェイター?そんな馬鹿な…!!』
予想の範疇を超えた出来事に、臨也の頭は働くことを拒否していた。
背筋にざわりと悪寒が走る。
もし、もしも頭上の男が噂の化け物なら、臨也は満足に事情を説明できないまま
何らかの形で餌食になるのではないか。
あるいは化け物が別に存在するとしたら男は協力者か?あるいは囚われていたのか?
少なくとも、目線を逸らそうとしない男からは強い敵意しか感じられない。
地面に根付いてしまったかのようだった足が一歩、後ろに下がる。
男はそれに目を細め、小さく口を開きなにか言いかけたがすぐに閉じた。
溜息をついたように見えたのは錯覚か?
臨也が意を決して話しかけようとした時。
「出て行け、ここに二度と近づくな」
低い、だが何処か緊張しているようにも取れる固い声。
臨也が目を丸くして男を見つめると、表情を崩し眉間に皺を寄せた男が凄んだ。
「ここは俺の、森の怪物の住処だ。命が惜しかったらさっさと消えろ」
鋭い眼光は大の男でも泣いて踵を返すであろう程の圧力を伴い、まっすぐ臨也に向けられていた。
金色の光彩が月の光を反射して、人ならざる生き物の姿をさらに強く刻み込む。
だが、それは荒事に慣れた臨也を現実に引き戻した。
男が何者であっても、言葉が通じるのであれば臨也にも漬け入る隙がある。
臨也は反射的に不敵な笑みを浮かべ、両手を広げて男を仰ぎ見た。
「キミが俺を呼んだのにいきなり出て行けなんて酷いなぁ。花嫁の出迎えにしては気が利かないんじゃないかい?」
「あぁ?俺がテメーを呼んだぁ?……花嫁?」
バルコニーから身を乗り出し、臨也をまっすぐに見下ろす男は表情を険しくし、低く唸り声まであげているようだった。
その様子に臨也はなにか面白いものを見つけたように、にやりとたちのよくない笑顔を浮かべる。
「そう、怪物であるキミに脅かされた両親の頼みで泣く泣く嫁いできた悲劇の花嫁だよ。忘れちゃったの?悲しいなぁ、せっかく家族に別れを告げてキミと添い遂げるためにここまで来たのに」
見上げた臨也の前髪に小石や砂粒がパラパラと舞い落ちる。
男の手が掴む大理石の柵にひびが入り、その欠片が降り注いでいるのだ。
意識して力を込めているようには見えないが、その表面は男の指の形にめりこんでいる。
なるほど、為りは人のようだけど化け物には間違いないみたいだ。
臨也はいつでも逃走出来るよう逃げ道の算段をしながら目を細める。
「………つまりテメーは花嫁になりにわざわざこんなところまで来たってのか?」
気味悪いとでも言いたげな、押し殺した男の声がおかしくて臨也は笑った。、
「そうだよ?そのために昼から歩きどおしで足は痛いしお腹はすいたし咽喉は渇いたし散々なんだよね。ねぇ、いいかげん中に入れてくれないかな」
「……花嫁寄越せなんて話は俺だって忘れてたんだ。今すぐまた忘れてやる。
この森の獣は俺を恐れて夜も息を潜めている。出歩いたりもしねぇ。
来た道をまっすぐ帰れば明日の朝には森を抜けられる。 ……行け」
臨也は内心首を傾げた。
俯いた男の声が震えていたからだ。
まるで一言一言を、自身に言い聞かせるように男は呟く。
長めの前髪が男の表情を隠しているのが惜しかった。
臨也は無性に男の顔が見たかったから。
それが普段の悪意有る好奇心による歩み寄りとは違い、ごく自然な動作の一つとして行動に現れた。
なにげなく、臨也は男に一歩近づいた。
男がぎくりと柵から手を離し後ずさるのを視線で追いながら、臨也は言い含めるように囁く。
「帰れなんていわないでよ。本当はね、キミの花嫁になるのが楽しみで来たんだ。だってキミは片手で岩を持ち上げたり殴って地面に穴を開けたりする化け物だそうじゃないか。そんな面白いもの、見逃さないわけにはいかないよ」
男は信じられないものでも見るように目を見開き、すぐに視線を逸らした。
作品名:ドラマチック (静雄×臨也/童話パロ) 作家名:鏡柚花