この腕
父の腕
あれからずっとネロの側を離れずに居る。どれ程の時間が経過したか正確には解らないが、おそらく三日と三晩は経とうとしている。
「月明かりが眩しいな」
側に付いてから三度、月が昇った。僅かに開いたカーテンの隙間を埋めてやれば、ネロの顔を射す光は消え失せる。これも三度目だ。
白い月光に照らされるネロは肌も髪も睫毛も唇も蒼白で、魂の色すら抜け落ちて、人形の類いを思わせる。美しい。しかしこの美しさは俺を残酷に追い詰める。
「腕に抱くことが出来たのに、また離せと?」
十数年もの間、無意識のうちに互いの魂は叫び合っていたのだ、求めていたのだ、共に在るべきだと。これに気付きネロを我が手に抱いたのはほんの数ヶ月前の事だ。
「離せと、言うのか」
部屋の暗がりへ沈んでしまいそうな身に縋る。頬を撫ぜれば酷く冷たい。治癒力は有れどもあの腕が自然に再生する事は無い。俺とダンテであってもそんな事は不可能だったのだから。そして何よりネロの魔の血は俺たちよりも薄い。腕を失ったままで居るなら、ほぼ間違いなくネロは死ぬだろう。
魔界は俺から何もかもを奪ってゆく。俺自身を、母を、弟を、息子を。俺はかつて魔界へ堕ち、自身のすべてを奪われた。魔帝の手のモノに殺された母は決して戻って来ない。魔界から戻り久方ぶりに会った弟は魔界の力を手にしそれを揮(ふる)う始末。漸く掴んだ息子の――ネロの腕は下賤の悪魔に魔界へと持ち去られた。
これ以上何物も奪われぬようにと守るための力を欲して足を踏み入れたあの世界は、こうして俺をただ嘲笑うばかりなのだ。俺には何も守れない、掴めない、残らない、と。
「離すものか」
胸部より、弱弱しく、しかしそれでも確かに脈打つ心臓の音(ね)を聞く。そうだ、まだ失った訳ではない、命までは。
「離さない」
縋る身は、命は。
「とう、さん」
「わかっている。腕を、取り返しに行かなければな」
言えば、とうさん、と小さく返すネロのむかえた目覚めも三度目だったとぼんやり思う。