とおりゃんせ
信号を無視して容赦なく突っ込んでくる車の姿も見当たらないことだしそろそろ行こうかと一歩を踏み出すが、僕よりもはるかにリーチの長い人のつま先がいつまで経っても視界に入らない。純粋な疑問を持って斜め後ろを見ると、ぼんやりと立ちつくしたままの彼を見つけた。
「どうしたんですか、緑間君。青ですよ」
「青なのだよ、黒子」
「だからそう言っているじゃないですか」
「……オレは常々考えていた」
「は?」
人の話を聞く気がないらしい。が、それは一部を除くキセキの人間にはわりとあることなので僕は黙って一歩先に立ったまま言葉の続きを待った。
「オレはずっと考えていたのだよ、黒子」
「はあ」
「オマエは知らないだろうが、オレはずっと、ずっと考えていたのだ。どうすれば、イニシアチブを取れるかどうか」
「はい」
お互いに目を合わせることなく言葉を交わす僕らを人々は時折視線を投げかけながら通り過ぎていく。試合の時に投げかけられる(と言っても僕はスルーされることが多いのだけど)視線と真逆の風のように軽いそれは、何故だか僕の背中をまっすぐに伸ばす効力がある。悪いことをする人間が、自分がそうでないことをアピールするかのように。
「先に足を踏み入れたらイニシアチブを取れるのか、それとも後から足を踏み入れた方がイニシアチブを取れるのか…それをずっと悩み続け、今日まで来た」
「答えは、出たんですか」
「出ない。おそらく、どちらかが行動しない限りそれが正解かどうかは分からないだろうな。だが、」
「だが?」
「もう悩むのも飽きたのだよ」
緑間君の言葉と共に、唐突に始まったとうりゃんせは唐突に終わりを告げる。その終焉と共に信号は色を変え車がするすると動き出す。僕は一歩足を道路に進めていたが、元々足が長い訳でもないので交通の邪魔にはならない。びゅんびゅんとスピードを上げ通り過ぎていくたくさんの車体へ視線をやって、次に来るであろう言葉を待つ。
「黒子」
「はい」
「オレが先に行く」