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Lesson

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#3


 衣更えの季節が到来した。
 相変わらず毎日のように日野の特別講義を受けていた坂上は、その日も自主活動に励もうと部室に向かった。

「あ、日野先輩」
「来たな、坂上」
 本来活動の無い日であるため他の部員の姿はなく、日野はひとり窓辺に立って外の景色を眺めていた。坂上が呼びかけるとすぐに振り返り、いつもどおりの微笑を見せる。
 
「実はな、坂上。今日はお前に朗報があるんだ」
「え?」
 日野はわざとらしく咳ばらいをすると、やたらもったいぶった口調で切り出した。
「まあ、ひとまずそこに座れ」
 わざわざ椅子を引いてやり、着席を促す。
 坂上は首を傾げながらも、言われるままに腰を下ろした。
 
「…朗報って何ですか?」
「落ち着いて聞けよ」
 そういう日野こそ、どこかそわそわとしている。坂上が頷くと、ようやく本題に入った。
 
「実は、昼休みに朝比奈達と話して、学校の七不思議の特集を組もうという事になったんだ」
「七不思議…ですか?」
「ああ。お前は一年だからまだよくわからないかもしれないが、鳴神には怖い噂が色々とあるんだ。時期的にもちょうどいいから、記事にするって事に決まった」
 坂上は、例の旧校舎の幽霊の話を思い出した。怖い話は苦手なので詳しいことは聞かなかったが、確かに他にも様々な噂が飛び交っていた。
「具体的には、この学校の怖い話に詳しい七人をこの部室に呼んで、一人一話ずつ語ってもらう。そこで聞いた話を記事にまとめるわけだ。語ってもらうメンバーについては俺に心当たりがあって、もう話は通してある」
 それを聞いて坂上は感心してしまった。昼休みに案が出て、放課後には既に概要が決まり、取材対象にもアポイントメントが取れているなんて、やはり先輩達は凄い。その筋の事に詳しい人間を七人も集められる日野の人脈にも舌を巻いた。
 
「僕はあまり怖い話って詳しくないんですけど、面白そうな企画ですね。どなたが取材されるんですか?」
「お前だよ、坂上」
「えっ!?」
「お前にやらせたらどうかって俺が朝比奈に推薦したら、三年生全員一致で決定だ」
「えぇぇっ!?」
 話を聞くかぎりではかなり力の入った特集のようだし、上級生を差し置いて新人の自分がそんな大役を任されていいのか。喜びよりも驚きがまさった。
「おいおい、早く記事を任せてもらえるようになりたいんじゃなかったのか?」
 日野はからかうようにケラケラと笑う。
「そうですけど、でも……本当に僕でいいんですか?」
「ああ。お前みたいに怖い話に免疫が無い奴のほうが、より臨場感ある文章が書けるんじゃないか。お前が感じた恐怖がそのまま読者に伝わればいいな」
「……なんだ、そういうことですか」
 下手に予備知識がないほうが怖がってくれるだろう──それが彼らの魂胆なのだ。
「もちろんそれだけじゃないさ。お前の取材力や文章力にも期待してるよ。俺も、朝比奈達もな」
「え……」
 きょとんとする坂上の頭に手を置いて、日野は笑った。
「お前の成長は俺が保証する。取材は九日だ。成功を祈ってるよ」
「……はい!頑張りますね!」
 
 当事者である自覚が俄然わいてきた坂上は、怖い話を語ってくれるというメンバーの事が気になった。
「ところで、どなたが話をしてくださるんですか?」
「全員お前の知らない奴だと思うが、まあ名前くらいは予め知らせておいていいかもな。ここにリストが──あれ?」
 日野は机に下げていた鞄の中を探りながら首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いや……お前に渡そうと思って企画の概要をメモにまとめたんだが……教室に忘れてきたみたいだな。取りに行ってくるよ」
「そんな、わざわざいいですよ。まだ日にちもありますし、明日でも…」
「いや、そういうわけにはいかない。メモに基づいてリハーサルしてやるから、ちょっと待ってろよ」
「はぁ……」
 日野はそう言って立ち上がると、坂上がやってきた時に開けっ放しにしてあった扉に向かって歩き出した。
「ああ、そうだ」
 途中で足を止め振り返る。
「喉渇いてないか?ついでに何か飲み物を買ってくるよ」
「えっ?じゃあ待ってください、今お金を…」
 慌てて財布を出そうとした坂上を遮り、日野は片目をつむってみせた。
「いいよそのくらい。おごらせろ」
 そのまま有無を言わせずに行ってしまう。坂上は素直に厚意を受け取ることにして、練習用の原稿の校正を始めた。
 
 
 どのくらい時間が経っただろうか。首が疲れてきて顔を上げた坂上は、窓の外が暗くなっていることに気付いた。
 今は何時だろうと時計に視線を向けた時、部長の朝比奈がやってきた。
「……坂上?お前、こんな遅くまで残っていたのか。そろそろ帰り支度した方がいいぞ」
「ええ、でも日野先輩を待っていなくちゃいけませんから」
「そうか、日野を……日野?」
 資料や過去の記事が入っている棚を開け、何やら探していた朝比奈は、それを聞いた途端、勢いよく振り返った。その顔はどことなく青ざめている。
「部長……?」
「お前、今、日野って言ったよな?」
「え、ええ」
「それは、まさか日野貞夫の事なのか?」
「はい、そうですけど……あの?」
 日野が、どうかしたのだろうか。朝比奈の態度に漠然とした不安を抱き始めた坂上に、朝比奈は驚くべきことを告げた。
 
「何でお前が日野のことを知ってるんだ…あいつは春休みに死んでるんだぞ」
「は?」
 思考が止まった。からかわれているのだろうか。だが、朝比奈の様子からして、嘘をついているようには見えない。
「冗談、ですよね……?」
「……」
 震える声での問い掛けに朝比奈は沈黙する。
 その時だった。背後で微かな物音がした。
「ほら!日野先輩が戻って……」
 
 安堵して振り返った坂上だが、そこに日野の姿はなかった。代わりに机に置かれていたのは、七不思議の企画メモと、スーパーの袋に入ったおしるこドリンク。
「そんな……」
 気配は確かに感じるのに、姿が見えない。
 視線を戻すと、朝比奈は真っ青になって扉を見つめていた。
 
「そ、そこにいるのか…日野」
 問い掛けに答えるように、足音が廊下に響いた。それは段々と遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
 
「は、ハハハハハ……」
 朝比奈は乾いた笑いをもらした後、こわばった表情で坂上を見た。
 
「あいつと、いつから会ってたんだ?」
作品名:Lesson 作家名:_ 消