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ヤンデレシズちゃんと、臨也さん

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「……っ、…?!」

目が覚めた時、俺は現状を把握する余裕すら与えられなかった。
待ちわびていたように振り下ろされる拳。後頭部を打ちつけて、痛みよりも先に熱さを感じた。

ああ、この暴力は、シズちゃんだ。
顔を確認するまでもない。逃げ場のない暴力。

「―――シズ、ちゃ……っ!」

ガツン、ともう一度衝撃が訪れる。今度は殴られたのではなく、床に打ち捨てられた衝撃のようだった。
俺が断定をしないのは、その判断を下す要素を見付けられないからだ。目隠しをされているわけではない。それなのに、俺の目は情報を脳へ伝えるのを拒絶していた。おそらく何度も頭をぶつけたからだろう。一時的な事ならばまだいいが、あの男の暴力は常識など軽く越えてしまうから厄介だ。

しかし、俺の頭を過ったのはこの先目が見えなくなった場合の不自由よりも、今この時を生きて切り抜けられるのかという実にシンプルで、現実的な考えだった。

嘘が通じないならば、どうしようもない。
告げられた「好き」という感情に俺が返せるのは、正気に戻れと言う代わりの嘲笑くらいしかないのだから。

「ははっ……」

口から零れた笑いは、予想していたものよりもずっと焦燥に溢れるもので思わず舌打ちをする。

「臨也」

上から落ちてきた声に、俺は今の自分がどんな状況なのかと考える。
床に転がされ、両手を縛られ、足は鎖で何かに固定されている。それ自体は時間をかければなんとか抜け出せない事は無い――だが、この男と同じ空間に居る状況が続くなら、脱出はまず不可能だ。そして、男の執着ぶりから、俺の元を離れる事はまずないだろう。

「ねぇ、シズちゃん」

「なんだ?」

普通に返事が返ってきた事に、俺は少なからず安堵する。
いきなり殴りつけて、つらつらと告白をしてきたと思えば監禁だ。まともな人間のやる事ではまずないが(そもそも彼が人間だと俺は認めていないのだけれど)せめて言葉くらいは通じて欲しい。

「一体シズちゃんは何が望みなのかな?俺を殺す事?違うよねぇ。だったら、さっき俺が寝ている間に殺ってるハズだもん。ああ、俺が好きだとか言ってたからアレ?"心が手に入らないなら身体だけでも"とか言っちゃうワケ?わぁ、非人道的だなぁ。それって、ものすごくシズちゃんらしくないんじゃない?」

「うぜぇ」

「ぐっ…」

思いきり腹を踏まれて、覚悟はしていたものの、タイミングが掴めず息が漏れた。

「ごちゃごちゃ御託並べてんじゃねぇよ。俺は理屈を捏ねまわして人を小馬鹿にする奴が、世界で一番嫌いなんだよ」

「っは…、矛盾してるんじゃない?さっきは俺の事、好きとか言ってたくせにっっ…ぁ、うっ…!」

今度は肩。ゴキリと関節が外れる、嫌な音が耳に届いた。

「うるせぇって言ってんのが聞こえねぇのか?ああ、臨也くんよぉ?」

そのまま俺を踏みにじる足が、無遠慮に同じ場所を蹴りつけてくる。
呼吸が止まる痛みと、熱病のような熱さを前に、俺は無様な悲鳴だけは上げないように唇を噛みしめた。

「…ぐっ、うっ……」

床に顔を伏せ、与えられた痛みから逃れるように身を丸める。じゃらりと、鎖の音が響くのが不快だ。
カツン、と男が俺から距離を置いた音に、俺は痛みと緊張にだけ支配された身体が、考える事が出来るよう息を大きく吐いた。荒くなった自分の呼吸が、気持ち悪い。ああ、どうして俺は、こんな場所で、こんな目に遭っているんだろう。

「はっ、ぁ…。シズちゃんさぁ、俺にどうして欲しいわけ?」

考えても分からない事を疑問として口に出すのは、幾ばくかのプライドを刺激する。
けれど、今この場ではそんな些末な事を気にしている余裕はないのだから諦める他なかった。

「俺は、お前が好きだ」

「……聞いたよ。それで、俺が君に告げる愛が偽物だって事に君は気付くんだろう。なら、俺はどうしたらいいのさ」

俺は君を愛せない。
愛そうと思った事すらない。

こうしてリンチまがいの暴力を受けている今も、受ける前も、ミリ単位の違いも無い程俺は君の事が大嫌いなのだから。

「嘘をついたら殺す。俺を拒絶しても殺す」

「…じゃあ俺、黙ってるしかないじゃない」

「そうだな」

男の手が、俺の頬をゆっくりと撫でつける。
ただただ不快で、その手から逃れるように首を振れば予想していた暴力が俺に降りかかる。

「テメェを殺したいわけじゃねぇ。黙って俺に愛されてろ」

「…犯されてろ、でしょ」


男が笑う気配がした。
もし今、俺の目が見えていたならばそこには歪んだ笑みの男が居た事だろう。

そんな顔を見るくらいならば、俺はこのまま目など見えなくて構わなかった。この8年、俺が殺す為に尽力した男が、愛に歪まされ弱る姿を見るならば、見えずに死んだ方がまだマシだ。

俺の煽りに乗るように、乱暴に服を脱がしてくる手の熱さを振り払う気は当に失せていた。



「……俺はさ、君の事が大嫌いだったけど――多分、あの君が好きだったんだ」

「――――――」

返事は訪れず、これ以上は喋るなとばかりに唇を塞がれた。
嘘をつくなと言うから、本当の事を話したのに、君は本当に勝手だね。まぁ、今更の話なのだけれど。

その拳が振るう暴力と同じように、ただただ熱い口付けの最中、俺の頬を何かが濡らした。




それが何なのか考える事を、俺は最後までしようとしなかった。










目も、耳も、脳でさえ
(君へ失望する前に捨ててもいいと思うのは、)





今更気付いた、一つの想い