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吸血鬼の涙(上)

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 ピピピという電子音が響き、それが隼人を現実に引き戻す。電子音は綱吉の携帯のアラームで。

 こんな事してる場合じゃねぇっ。早く朝食の用意しないと、いやその前に着替えねーと。……あれ?
 自分に与えられた部屋に戻ろうとして、ベッドの横に見慣れた自分の服があるのに気付く。
 主に服の準備させるなど失態だが、同時に綱吉が自分の為にしてくれた行為に嬉しさも感じる。
 服を手に取り、着替え始めようとして。
 隼人の手は一瞬止まった。




「おはようございます、10代目。あの寝坊して申し訳ありません」
 リビングに向かうと、リビングから繋がるキッチンには食事の用意をしている綱吉と山本が居て。
 隼人は慌てて頭を下げて交代を申し出た。

「山本、有難う。リビングで待ってて。後は獄寺君とやるから」
「おう、分かった」
 綱吉は山本にそう告げ彼が離れたのを確認すると、隼人に近付き。
「起きれなかったのってオレが昨日無理させたからだろ?」
 耳元にそう小さく囁く。その声に、隼人は思わず頬を染め俯いた。

「あのオレ一人で大丈夫ですから、10代目もテーブルの方でお待ちになってて下さい」
  昨日の行為はまるで愛されている、と誤解しそうな情熱的なもので。それを思い返しただけでも体が熱くなってしまいそうで。綱吉の隣に居れるのは普段なら嬉しい事だが、今は彼の傍に居るのは隼人にとっては毒で。彼から少しの間でも離れて顔色と心臓の音を収めたい。
 このままリビングに行ったら山本にも可笑しな自分の様子を詮索されかねない。隼人の心の声が届いたのかは分からないが、綱吉は「分かった、お願いね」と告げて去って行く。だが。
「隼人、ちゃんとその服着てくれたんだ」
 すれ違いざまに告げられた台詞に、再び隼人の心音は跳ねた。


 ……視線が痛い……。
 朝食の間、山本の視線がなんども隼人に、正確には隼人の首筋に、送られるのを感じた。そこには綱吉が付けた痕がある筈で。
 綱吉が用意してあった隼人の服は、大きく首周りが開いているシャツで。痕を隠し切れない。だが隼人には綱吉がわざわざ用意してくれた服を着ない理由などなく。まして先ほどの言葉から彼が
この服をわざと選んだ事が知れて。
 隼人はただ俯き加減で山本と目をあわさないようにするのが精一杯だった。。

 綱吉は恐らく、隼人が自分の所有物である事を山本に見せ付けたいのだろう。その気持ち自体は、嬉しい。だが。

 ……10代目、笹川京子に伝わって誤解されたらどうするんです?……。
 
 山本は綱吉のクラスメイトということは、京子ともクラスメイトな訳で。彼の口から自分達の関係がばらされないとも限らない。
 綱吉にとっては単なる食事でも、傍から見る人間にはそうは思われないだろう。

 オレと、10代目の関係……。
 それが京子に間違って伝わってしまったら。
 ふと自分の中に浮かんだ考えを振り払う様に、隼人は小さく首を振る。自分にとっては蜜のようなそれは、綱吉にとっては辛いものでしかないだろう。
 綱吉を何より大事に思っている自分が、そんな考えに囚われて良い筈がない。
 自分の幸せと彼の幸せはイコールではないのだ。

「獄寺君、どうしたの?箸とまってるよ」
「いえ、何でもありません」
 こちらを見て微笑みかける綱吉に、隼人も笑みを返す。


 そんな自分達を山本が僅かに暗い光を湛えた目で見ていた事など。
 隼人には知る由もなかった。



「オレ達出掛けて来るね」
「はい、いってらっしゃいませ」
 朝食後、綱吉は山本と買い物の為に外出し。隼人はその間に洗濯を干してしまおうと、彼らを見送った後中庭へと向かう。
 今日は日差しが強いな。……10代目は大丈夫だろうか。
 綱吉は一応は普通の人間として生活できる程度の体は持っている為、日光を浴びただけで倒れたりする事はないが、日差しが強すぎる日には気分が悪くなったりしている時もある。出掛けに見た彼の顔色は良かったから、大丈夫だとは思うが、綱吉が何より大切な隼人は心配する気持ちを止められない。
 帽子、でも被って行く様にお伝えすれば良かった……。
 今から追いかけたら間に合うだろうか。
 そう思い立ち、綱吉の部屋(隼人は主の留守中でもこの部屋には入る事を許されている)に向かい、机の上に無造作に置かれていた野球帽を手にとって外へと向かう。
 玄関を開けた所で。
「あ、獄寺」
 先ほど綱吉と出掛けた筈の山本が、そこに立っていた。
「お前、なんで」
「いやー携帯忘れちまって。取りに戻ってきたとこ。ちょっとお邪魔するな」
 そういって山本が自分が泊っていた客間へと駆けて行く。
 ……じゃあこの帽子はあいつに預ければいいか。
 自分が直接綱吉に届けたかったが、山本が戻ってきた以上彼を無視して綱吉を追いかけるのは変だろう。山本と共に綱吉の下に行くというのも考えたが、山本と二人っきりになるのは出来るだけ避けたかったし、綱吉は「山本に預ければ良かったのに」と苦笑するだろうから。山本が部屋から戻ってくるのを待つ。
 携帯を取りに来ただけの山本は、直ぐに戻ってきた。
「おい、これ10代目…綱吉さんに渡してくれ。あの人は強い日差しがあんま得意じゃないんだ」
「おう、分かった。んじゃオレツナ待たせてるから行くな」
「ああ、さっさと行け。あの人をお待たせするな」
 そう言い捨て自分は再び中庭に戻ろうと踵を返すが。
「?」
 山本がそこから立ち去る気配がない。しかも自分を見つめているような気がする。気になって振り返ると。
「なあ、それってキスマーク、だよな?この家にはツナと獄寺しか住んでねえみたいだし。相手……ツナなんだろ」
 ギクリ、と隼人の体が強張る。朝食の後特には着替えていないから、首筋のキスマークは晒されてたままだ。
「だったらなんだってんだ」
「……ツナと獄寺は恋人じゃねえよな?ツナには好きな女居るし。なのに何で?って思ってよ」
「あの人には事情があるんだ。お前に言う事じゃねえ。……笹川京子にはオレとあの人がこんな事してるの、絶対に言うなよ」
 それは隼人の本心ではなかったけれど、綱吉の事を考えると。思った以上に澱みなく言葉が出た。『恋人じゃない』、その台詞は胸に突き刺さっていたけれど。
「……そりゃ言い触らしたりはしねえけど……オレ、お前のことさ」
 山本が隼人の瞳をじっと見つめ、決定的な言葉をつ紡ごうとした所で、その手にあった携帯が音を奏でる。ディスプレイを確認した彼は「何か見張られてるみてー」と苦笑しながら、通話ボタンを押した。
「わりーわりー、今から戻るって」
 会話から相手は綱吉だと想像できる。隼人は通話を続ける山本を置いて、今度こそ洗濯物を干してしまおうと中庭へと歩き始めた。山本も追ってくる気配はない。それにちょっと安心する。
 ……10代目以外の野郎は苦手だ。もう10年経つのにあのトラウマから開放されてねえのか、オレは……。
 自分に対して欲を含んだ視線を向けてくる相手と対峙すると、昔を思い出して心が萎縮する。
作品名:吸血鬼の涙(上) 作家名:HAYAO