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吸血鬼の涙(上)

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 山本の話って獄寺君の事、だよな、やっぱ。
 朝、京子と会話していた時に背中に感じた咎めるような視線。それの持ち主は多分山本で。
 隼人とあんな行為をしていながら、何故京子の誘いを受けるのか。多分そう言いたかったのだろう。


「ツナお待たせ」
「ん」
パンを抱えた山本が屋上のドアを開け近寄って来る。綱吉の直ぐ横に腰を下ろした彼は、勢い良くパンの袋を破ってそれに噛み付き。綱吉も弁当に箸を付けた。


「なあ、ツナと獄寺って一体どういう関係なんだ?」
 いつもの他愛のない話をするような感じで、山本は話を切り出した。
「ただの友達とか同居人じゃあんな事、しねえよな?でもツナは笹川が好きで……獄寺は恋人じゃねえんだろ?」
「今はね」
「今、は?」
 綱吉の返事が心底意外だったのだろう。山本は目を見開いて綱吉を見つめる。
「今はって事はこれから先あいつの気持ちに応える可能性があるって事なのか?じゃあ笹川は」
 山本の声には焦りが見える。多分彼は綱吉が隼人に応える可能性など皆無だと思っていたのだろう。だから隼人を自分の方に振り向かせる時間はあると考えていたのかもしれない。
「うん、いずれね。京子ちゃんはオレにとって確かに特別な人だけど、それは恋愛感情じゃないよ。殆どの人は知らないけど彼女とオレ、幼馴染なんだ」
「……そうだったのか……」
「でもオレがさ、獄寺君の気持ちに応えた時、彼は同時に自分の境遇を知るはずだから。それを知っても未だオレを好きで居てくれるかは分からない」
「え」
「オレさ、獄寺君に彼にとってとても大事な事を隠してるんだ。それを知られたら、彼はオレから離れてしまうかもしれない。……今の獄寺君を山本に渡す気はないけど」

 オレから離れてしまった後の彼の事までは。
 オレがどうにか出来る事じゃないから。

 そう言って微笑んだ綱吉の顔は、今まで見たことに無い暗い笑みで。
 その笑みに飲まれた山本は。
 言いたいことの半分も綱吉に伝える事は出来なかった。



 今は恋人という関係じゃないけど、獄寺君の事はとても大切に思ってるよ。だって彼はオレに命をくれる人なんだから。
 ずっとオレの傍に居て欲しいって思う存在なんだから。




「そろそろ出ないとだ」
「はい。あ、夕飯はどうなさいますか?」
「家で食べるよ、そんなに遅くなるつもりないし」
 綱吉の言葉に隼人は僅かに笑みを浮かべた様に見えた。

 今日は京子と映画を見に行く約束をしている。
 それを隼人に伝えた時、彼は良かったですねと言ってくれたが、本心は別にある事を綱吉は気付いている。だが隼人がそれを表に出す事はないだろう。
 綱吉が望まない限りは。


「行ってらっしゃいませ」
「ん、行って来るね」
「!?」
 隼人の頬に軽くキスを贈ると白い頬が真っ赤に染まって、体が硬直する。
「オレが居ない間に他の奴にフラフラしちゃダメだからね」
 今まで、こんな行動を取る事は殆ど無かった。しかし山本の隼人への想いを知ってから、綱吉の中に元から存在した隼人への独占欲は更に強くなっていて……。

 固まったままの彼を満足気に眺め、その銀糸を一撫でして綱吉は待ち合わせの場所へと向かった。


「京子ちゃんもう来てたんだ。待たせちゃった?」
「ううん、私もついさっき来た所」
 映画の時間までは少し間がある。二人は映画館の中にある喫茶店で上映時刻まで暇を潰す事にした。

「ツナ君と二人で出掛けるなんて久し振りだね」
「うん、小さい頃は良く一緒に遊んでたよね」
「これからまた一緒に遊んだり出来るかな」
「っ」
 京子の問いに綱吉は直ぐには答えられなかった。
 だが、彼女は自分に取って大事な人だ。嘘はつきたくはない。だが全くの真実を話す事は憚られる。
 綱吉は悩んだ末に。
「あのさ、京子ちゃん」


 オレさ、もうすぐ遠くに行かなきゃならないんだ。とっても遠く。だから多分京子ちゃんとも会えなくなると思う。

 それだけ伝えた。





 雲行きが怪しくなってきたな。10代目と笹川、雨に降られないと良いけど。
 二人は今頃映画館の中で、外の天候など分からないだろう。今の所雨は降り出してはいないが、空はどんよりと厚い雲に覆われている。
 隼人はそんな空を見上げながら、主の事を想った。

 10代目、笹川に告白したんだろうか。
 
 綱吉の誕生日は10月で今は6月。あと数ヶ月で彼はこの世界に別れを告げなければならない。
 それまでに彼女に綱吉の本当の姿を理解して貰わなければならないだろうから。告白の時期としてはちょうど良いだろうと思う。しかし。
 
 オレは、10代目の幸せを願いながらも、心のどこかであの方の事を笹川に理解して欲しくないって思ってる。そしたら、10代目は笹川を選ばないだろうから。あの方は最近オレに対して気紛れな優しさや独占欲を見せてくれるから余計にこんな気持ちが強くなる……。
 ……こんなの10代目に使える身としては最低な考えだ。
 自分の卑屈な気持ちを追い払うように頭を振り、夕飯の準備をするために自室から出ようとした時。

 え……。
 
 稲光が走り、それに嫌な予感を覚えた。

 
 隼人は綱吉の様に吸血鬼の血を引いている訳ではないが、全く純粋な人間という訳も無い。最も本人は自分の中にある僅かな魔物の血を嫌っているのだが。
 その魔物の血が、先ほどの光はただの稲光ではないと告げていた。

 もしかしたら。

 綱吉が闇の世界に渡る前に、テストらしきものが在るとは聞かされていた。吸血鬼の一族の長の血族である綱吉は、向こうの世界では支配者としての地位を与えられるらしいが、今まで人間として暮らしていた綱吉がいきなり魔物達の支配者として認められるのは難しく。だから力を試す為に魔物たちを人間界に渡らせる事があるかも知れないという事も。

 それが今日、だっていうのか?10代目は何にも知らないのに?
 事前に知らされ、結界でも張った場所での試練だと思っていた。そうでないと他の普通に暮らしている人間たちへの危険が多すぎる。だが隼人の中の闇の血は、今こちらに魔物が渡って来ているのを感じている。
 今日はだめだ、今日はっ。
 綱吉は大事な少女に大事な話をする筈なのだ。それを邪魔させる訳には行かない。
 綱吉は戦うための力を使う訓練を幼い頃から受けていたようだが、隼人はそういう訓練を受けていないが、少しくらいの結界を張る力は持っている。
 だから。

 オレが、何とかしなくちゃいけねえ。

 この世界に渡ってきた魔物たちを何とか元の世界に返さなければ。
 決意して外へと飛び出した。




 変な気配がするな。
 隼人が家を飛び出した頃。綱吉も映画を見ながら妙な気配を感じ取っていた。


 そんなに強い魔物じゃなさそうだけど、普通の人が見たら混乱するだろうし。オレを狙うようにインプットされてるとは思うけど万が一他の人に襲いかかっちゃ不味いし。
 自分から出て行った方が良いだろう。そう思い綱吉は隣でスクリーンに夢中になっている京子に声を掛けてから抜け出そうと思ったのだが。
 あれ。

 その瞬間魔物の気配が消えた。
作品名:吸血鬼の涙(上) 作家名:HAYAO