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吸血鬼の涙(上)

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 誰かが結界に閉じ込めてくれたみたいだ。……リボーンかな。
 綱吉の頭に浮かんだのは自分に戦い方や力の使い方を教えてくれた態度のでかい赤ん坊の姿。赤ん坊の姿ではあるが彼は強い。彼なら任せても大丈夫だろう。
 そう考え、スクリーンへと向き直った。
 映画は佳境に入っている。
 元から見たかった映画だ。
 綱吉は再びスクリーンに流れる映像へと引き込まれて行った。




 この辺りなら……。
 戦う力は大して持って居ないが隼人は土地勘を生かして魔物達を自分が張った結界へと追い込んでいた。

 誰も通り掛かりませんようにと願いながら、隼人は更に結界を強めて行く。
 彼の腰の上辺りからは異形の羽根が突き出ていた。蝙蝠の羽根に似たそれは、隼人が力を使う度に小さな赤い稲妻の様な光を纏い羽ばたく。
 それは隼人が魔物の血を引いている証。
 彼に取っては本来忌むべきものだが、今はその血が与えてくれる力に感謝する。
 結界の中で魔物達は暴れ出しているが、それを逃す気など無い。

 今日だけ持ってくれれば良いんだ。
 自分の体がどうなろうと構わない。
 この先あの人の居ない世界でなんて生きて行けないし、生きる気なんて無い。
 だったらここでこの体なんて朽ちても構わない。

 魔物達の抵抗が激しくなり、その反動が結界を貼っている隼人の体に傷を与える。
 だが彼がそれに痛みを覚える事は無かった。




「じゃあまた学校で」
「うん、またね」
 映画が終わった後、綱吉は京子を送って自分も家路へと急いだ。
 外は雨は降っていないものの黒い雲が渦巻き、時折稲光も起こっていて。何だか嫌な予感を抱かせる。

 リボーンならあの程度の魔物すぐ送り返せると思ったんだけど……。リボーンじゃなかったのか?それじゃ誰が……っ!まさか。

 魔物を閉じ込める結界を張れる人物は限られている。
 その数少ない人物に、自分の同居人が含まれている事に思い当たった綱吉は顔を青くした。

 獄寺くんっ!

 彼自身は強い力は持っていない。だが。

 獄寺君はオレの為には何でもしてしまう。

 決して自意識過剰ではなく。綱吉を崇拝している彼は自身の肉体ですら放り出しかねない。

 家と向かっていた足を止め、意識を集中し、隼人と魔物の気配を探る。

 ……かなり遠い。獄寺君、どうか無茶しないで。

 綱吉は隼人の無事を祈りながら走り出した。



「くっ」
 結界の中で蠢く魔物達の抵抗は強まって行く。
 何とかして閉じ込めたまま元いた世界へと返せないかと考えるが、結界を張るのにかなり消耗した隼人にはその力は残っていない。それ所か今維持している結界もいつまで保てるか分からない状況だ。

 このままじゃ……。
「うぁっ」
 魔物の何匹かが纏めて結界へとぶつかり、その衝撃が隼人の体を襲う。
 何とか結界は保ったものの、膝をついた隼人の耳に。

「獄寺っ?」

 聞き覚えのある声が響いた。
  

「……やまもと」
 何故彼がここに居るのか。異形の体を見られてしまった。

 色々思う所は有ったが。

 ……こいつに力を借りれば、送り返せるかもしれない。

 ずっと幼い頃から嫌悪して来た自分の体質。
 だがそれすら綱吉の役に立てるのなら。

 隼人は意識は結界に集中したまま。
 薄く笑みを浮かべて山本へと近寄った。





「ごくでら?」
 山本は茫然とした表情でこちらを見ている。
「少し、力を貸してくれ。その後はオレの体好きにして構わない」
 最もその時オレは死体かも知れねぇけど。

 自分より背の高い山本の肩に手を掛け、驚いた表情を張り付けたままの彼の顔に唇を近付ける。

 綱吉以外の男の唇に触れる事に哀しみを感じるが、今はそんな事を考えている場合じゃないと言い聞かせる。




 魔物の母親と人間の父親との間に生まれた隼人。

 彼の母親は男の精気で生きるサキュバスで。母親の血を濃くひいた隼人も。
 
 男で有りながらサキュバスだった。




 母はサキュバスとしては純粋過ぎる人で。愛する人以外の精を受けるのを嫌がり、生命を維持出来ずに亡くなった。
 隼人の父親は、隼人の母親が暮らしていた魔物の世界と人間界の境目に偶然入り込んだ人物で。人間界には妻と子供が居た。
 母がそれを知ったのは隼人を身篭ってからだったが、優しい彼女は人間界に戻る男を引き止めはしなかった。

 そして数年後。
 隼人を残して彼女は亡くなった。

 母は美貌の持ち主で、彼女を欲しがる男達は魔物人間問わず多く居たが彼女は彼らを一切受け入れず。

 彼女が亡くなった後、男達は母親の容姿を色濃く残す隼人に目を付けた。


 成長するまでは手を出さないと言うのが男達の協定だったようだが、幼児趣味のあった一人の人間の男がそれを破ろうとして。

 幼かった隼人はそれに抵抗する術を持っていなくて。

 そんな時に助けてくれたのが綱吉だった。
 自分と同じ位の年齢、自分より少し体の小さいのその人は。
 隼人に覆い被さっていた太った男を軽々と投げ飛ばし。
 大丈夫、と頭を撫でてくれた。 

 そして。
 母が死んでから初めて触れた優しい体温。隼人はそれを手放したくなくて、彼にしがみついて泣き出した。
「ずっとここで一人だったの?親や友達は?」
 綱吉の問いに隼人はすべて首を横に振る。
「そっか。……オレがもう少し大きくなったら迎えに来るから」

 そしたら君はオレのお嫁さんになって。ずっとオレのそばに居れば良い。


 その時、決めたのだ。
 自分は彼の為に生きて、彼の為に死ぬのだと。

 その時の隼人はお嫁さんという単語の意味が分からなかったけど、自分を助けてくれたこの人の傍にいつか行けるのだ、という事が分かり嬉しかった。 


「待たせてごめんね」
 綱吉が再び隼人の前に現れたのは、隼人が13歳を迎える年だった。あの後、男達は姿を見せなくなり、代わりに隼人は綱吉の使いだという女性から、人間界で暮らす術を教えてもらいながら過ごしていた。
 その頃の隼人は綱吉がどういう存在かも、自分の忌まわしい体質についても全て理解していた。
 自分は男の精を受け入れないと生きて行けないサキュバスという魔物だという事も。
 綱吉が昔言ってくれた「お嫁さん」という単語の意味も。

 「お嫁さん」にはなれなくても、綱吉は自分を必要としてくれて。
 一緒に暮らし始めて初めての夜。綱吉は驚くほど優しく隼人を抱いた。愛されていると勘違いするほどに優しく。
 その幸せな勘違いは翌朝すぐ綱吉の言葉によって砕かれたけれど。 

 それでも隼人は幸せだった。
 綱吉に会わなければきっと今頃はあの男達の性の玩具として扱われていた。だから。



 10代目、もうお会いできないかもしれませんが、オレはあなたと会えて嬉しかった。
 どうかお幸せに。

 山本の力を借りて魔物たちを送り返す事自体は可能だろうが、その後自分が生きているかは分からない。でもやらなければ。
 意を決して生気を吸い取る為に山本の唇に触れようとした瞬間。

「そんな事しなくて良い。隼人」
「……じゅうだいめ?」

 声に驚いて振り返るとそこには。
作品名:吸血鬼の涙(上) 作家名:HAYAO