臨帝小ネタ集:11/11追加
スーツ祭り2011
「もうすぐ卒業式なんですよね」
「そう。おめでとう」
こんな会話をいつかもしたのだと覚えている程度には自分はこの男に惚れ込んでいるのだなあと、帝人は声にも顔にも出さず自嘲する。「折原臨也」があんなことを覚えているわけがない。だから自分から言い出そう。卒業祝いでもしてくださいよ、とか、なるべく軽い感じで。自己満足だと笑いたくなるが自己満足で満足できないようではこの気まぐれな男と付き合い続けてなどいられない。
「帝人君、今週空いてる日ある?」
「特に用事はないですよ」
「じゃあ明日でいいか。出かけようよ、スーツ作りに」
その発言の内容が、理解できなかった。自分の中で勝手に(とは言っても数年分の、四捨五入すれば十年分の経験則に基づいた信頼できる計算によるものだが)結論を出してそれに則って行動しようとしていた帝人の思考が思わぬ臨也の対応にストップする。
「きつくはならなかったようだけど、入学式と同じものわざわざ着なくてもねぇ」
愉快そうに笑う男はいつかと同様にやはり美しく何の欠けもない。真昼の柔らかな光のような不思議と心に染み入る声に毒が含まれていることを帝人は知っている。事実を事実として認識していても、それでもやはりこの声をずっと聞いていたいと思う。
「帝人君? ああなんだ、忘れちゃった?」
「いっいいえ! 覚えてます! あの、臨也さんが覚えてくれてるとは、ほんと、全然期待してなかったんでびっくりしたというか……うれしいです」
「少しくらいは期待してたんじゃないの? わざわざ卒業式だとか言い出して。前もスーツなんて入学式以来一着も買ってないって言ってたよね、まともに就職活動しなかったからって。やり方があからさまだねぇ」
窓際のデスクでパソコンに視線を向けたまま楽しげに(彼はいつだって何かしら楽しそうではあるが)言葉を紡ぐ臨也。何か面白い仕事でも入ったのだろうかと頭の隅で考えながら帝人は口を開く。
「いつもこんなわけじゃないです。今は仕事とか関係ない話をしてるんですから、それで、臨也さん相手なんですから、計算とかそんなのできなくて当然です」
「それが殺し文句のつもりなら合格点だけど、君のはただの開き直りだしなあ。可愛くない」
「可愛さを求められてたなんて初耳ですね」
「うん。ほんと可愛くない」
可愛くない可愛くないと繰り返しながらやはり楽しそうに臨也が笑うものだからどうすればいいのか解らない。
「あの、臨也さん、何かいいことでもあったんですか?」
「別に何も?」
そう言いながらも上機嫌な様子で電話を取り、よそ行きの声で明日の予約を始めた男を不思議な気分で帝人は見つめ続けた。
作品名:臨帝小ネタ集:11/11追加 作家名:ゆずき