黒猫のワルツ
――黒猫のワルツ
暴力青年の仕事帰り
その日も、例の如く、(というか恒例といっていい)俺は怒り狂っていた。
「いいいいいぃぃぃざあああぁぁぁやあああぁああぁぁあああっっ!!」
「うっわ、アブねっ!!相変わらず非常識だね、シズちゃん!!ホントくたばれ!!」
「お前がくたばれやあああぁぁあぁぁぁあああっ!!」
ソレもコレも、このノミ蟲(名前なんざ呼びたかねえっ!)のせいだ。
こいつこそ本当にくたばって欲しい。
いや、寧ろ殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・・・・
奴との因縁のお陰で、俺には平穏が遠い。
いや、これは一様に奴一人の責任とも言い切れない。
・・・・8割5部は奴のせいだがな。
俺は、異様に低い沸点と、漫画染みた怪力のせいで喧騒や騒動が耐えない。
簡単にキレてその度に大暴れし、今じゃ『池袋最強の男』やら、『自動喧嘩人形』などと、不愉快な異名まで出回る始末。
はっきり言おう、不名誉だ!!
俺は暴力は嫌いだ。
本心からそう思っている。
しかし、悲しいかな一度キレると俺は止まらない。
もうずっとそうで、今日まで来ちまった。
気がつきゃ、"化け物"と罵られても文句言えなくなっていた。
そして、"化け物"に相応しい暴れっぷりを今日も披露している。
目の前のノミ蟲を起爆剤にな・・・!!
「ああくそ、ホントなんで生きてるんだよ、シズちゃんはさぁっ!!」
「こっちの台詞だ害虫がぁっ!!」
「っと!危ないな、俺はシズちゃんと違って普通なんだよっ!んなもん中ったら怪我じゃすまないんだけど!?」
「だったらちょうどいい。中って死ね!!今すぐ死ね!!この場で死ね!!」
すばしっこいノミ蟲に道路標識は思うように中らない。
あああああっ!!
イライラする、イライラする、イライラするっ!!
俺の苛立ちを感じ取ったのか、ノミ蟲は「やべっ。」と短く引きつった声を出して、一目散に雑踏野中へ逃げ込む。
こうなったら武器(道路標識・・・だから武器じゃないが。)は振るえない。
ああ、くそ、くそくそくそっ!!
「くそっ!!」
苛立ちのまま道路標識を後ろに放り捨てる。
ぶおんっ!!
がすっ!!
「ぅぐっ!?」
うめき声に俺ははっとして振り返る。
振り向いて、その光景にさっきまで燻っていた怒りが霧散した。
そこには、中学生くらいの少年が胸元をかばう様にして、蹲っていた。
苦痛に顔を歪め、膝を突いて体を震わせている少年に俺は血の気が引いた。
「す、すまねぇ!!大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ったが、どうして良いのか頭が回らない。
大丈夫なわけがない。
何を言っているんだ、俺は。
ああ、それどころじゃない。
巻き込んだ。
怪我をさせた。
無関係なやつに。
「ぐ、ぅん・・・、うっ・・・!!」
「あ、お、おい!?」
顔色の悪い少年は急に立ち上がり、路地裏の方に走り出した。
俺は突然の行動に唖然となったが、慌てて追いかける。
あからさまに普通じゃなかった。
ああ!!
そうだよ、新羅のところに連れて行けばいいんじゃねぇか!!
どうしてこんな簡単な事が思い浮かばなかったのか!!
自分自身に苛立ちつつ、いやに足の速い少年を追う。
少年はかどを折れた。
俺はソレを追う。
「おいっ!!」
行き止まりの路地裏で、少年は壁に手をついて苦しそうに荒い呼吸を吐く。
それは走ったからだけではない苦しみ方で。
「バカ!!走ったりするからだっ!!」
「はあっ、は・・・・・ぅ、・・・・・」
ふらり、と華奢な体が力が抜けて崩れ落ちる。
抱き止めようとして、俺はぎょっと目を剥いた。
少年の体は一瞬で黒一色に染まり、まるで蜃気楼のようにぐにゃりと揺らめいた。
そして、小さくしぼんだ。
ぽすん、と軽い音をたてて俺が受け止めたのは・・・・。
「は、ぇ、・・・・ね、猫・・・・?」
黒猫だった。
少年は、一匹の黒猫になってしまったのだ。
◆後書き◆
静雄さんのターン。
この話は、多分静帝になる予定です。
まだまだ遠いですが。