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フェイクラヴァーズ

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 荒井いわく、突然昼食や下校を共にして恋人同士であることをアピールするのは、長い間日野を観察してきた【協力者】の目から見ても不自然だろうというので、作戦を若干修正し、「ひょんなきっかけで知り合った男女が急速に親密になっていく様」をさりげなくアピールすることにした。
 そこでその日は普段通りに下校し、作戦は翌日から実行された。
 
 一時限終了の鐘が鳴り終わるやいなや、坂上は予め日野に指示された通り職員室に向かい、「部室に次の時間に使う教科書を忘れてしまった」と偽って鍵を借りた。
 部室に入ると内鍵をかけ、棚にしまっておいた例の制服を引っ張り出す。すっかり着替え終え、緩んだスカートの紐を結び直すと、坂上は時間を潰すために文化祭用の企画原稿に取り掛かった。
 それでは授業をサボることになるからと渋ったのだが、日野には「一年の二学期に一、二時間サボるくらいどうってことないだろ。それともお前は俺に浪人させたいのか」と一蹴されてしまったのだ。
 
 二時限が終わる5分前に部室を出た坂上は、急いで日野の教室に向かった。回りくどいとは思いながら、入口付近にいる生徒に声をかける。
「あの、日野先輩はいますか?」
「ああ、日野?いるよ。呼べばいいの?」
「はい。お願いします」
 日野の教室には何度か訪れた事があるため、顔を覚えられていてバレてしまったらどうしようかと気が気ではなかったが、杞憂だった。
 
「おい、日野」
「ん?何だよ神田」
「可愛い一年が呼んでるけど、新聞部にあんな子いたか?まさかお前の彼女とか……」
「一年?ああ……あの子は違うよ。昨日、放課後に知り合ったんだ。行ってくる」
 
 興味津々といった様子で眺めてくる神田の視線を背中に受けながら、日野は入口で待つ坂上の元へ向かった。
 
「やぁ。どうした?」
 何人かのクラスメートが、神田と同じように注視してくるのを察しながら、日野は坂上扮する美少女に爽やかに笑いかけた。
「あ……昨日はありがとうございました!」
「え?ああ、いや、当然のことをしたまでだからな」
 一度頭を下げてから、坂上はおずおずとハンカチを差し出す。
「お返しします。それで、あの……ちゃんとお礼させてもらえませんか?」
「ああ、きちんと洗ってくれたんだな。気持ちは有り難いけど、礼なんていいよ」
「いえ、それではぼ……私の気が済まないんです。お昼休みにまた来ますから!」
「あ、おい……」
 恥ずかしそうに去っていく坂上の背中を見送っていると、神田が近づいてくる。
 
「おいおい、何だよ今の。あの子、お前に気があるんじゃないか?」
 からかうような口調で言われて、日野は曖昧に笑った。
「はは、どうだかな」
「そんなこと言って、満更でもなさそうじゃないか」
 
 確かに、あの姿の坂上に上目使いで見つめられると悪い気はしない。だが、これはストーカーを追い詰める為の演技なのだ。本気で惹かれているわけではない──筈なのだが。
 
「そんなことより、お前はどうなんだよ神田。岩下が気になるんだろ?」
「あ、ああ。でもあいつ、今度の劇で相手役の神奈川とキスするって噂だろ?」
「何だ、そんなこと気にしてたのか。学生の演劇で本当にするわけないだろ。振りだよ振り」
 
 そう、ただの【振り】だ。
 
 神田と他愛ない会話を交わしつつ、日野は自分に言い聞かせた。
 
 
 
 

「坂上、食堂行こうぜ」
 昼休みに入ると、いつものように斉藤に誘われた。
「ごめん、今日は先輩と食べるから」
「……そうか、わかった。だってさ、三笠」
 斉藤は残念そうに眉を下げると、もうひとりの友人である三笠正也を振り返った。
「なんだ、今日は斉藤とふたりきりかよ」
「何だよその言い草は」
「別に。坂上がいなくて寂しいだけだし」
「本当にごめん……」
「あー気にするな、謝ることじゃないだろ」
「そうそう、じゃあ俺らは食堂行ってくるわ」
 小突き合いながら移動するふたりを見送ってから、坂上は用意していた弁当を持って再び部室へ向かった。
 本日二度目の女装を済ませ、日野の教室へと急ぐ。
 
「日野先輩っ!」
 日野はちょうど神田と話しながら教室を出るところだった。
「本当にきたのか」
 驚いたように目を丸くする日野の演技に、わかっていてもだまされそうになる。
「あの、実はお弁当を作り過ぎてしまって……良かったら食べて頂けませんか?」
 母に無理を言って作ってもらった重箱入りの弁当を掲げると、日野は本気で面食らったようだった。
「うまそうじゃないか。日野、食べてやれよ。据え膳食わぬは男の恥だぞ」
「神田……それは使い方を間違ってる。まぁいい、わかった。有り難くいただくよ」
 日野がそう答えた途端、聞き耳をたてていたらしい女子のグループがざわざわと騒ぎ出した。あの中に【協力者】がいなくとも、今日中にこの事がその耳に入ることは確実だ。
 
 さらに目撃者を増やすため、ふたりはそのまま並んで屋上へ向かった。
 
 

「お口に合うかわかりませんけど……」
 弁当を広げながら、坂上は本心から謙遜した。母親の料理を世界一だと自慢に思いながら、それを表だって口にするのは照れ臭いのだ。
「へぇ、本当にうまそうじゃないか。お前のお袋さん、料理上手なんだな」
 お世辞ではない。重箱の中に詰められた色とりどりのおかずは、どれもがキラキラと輝いて見えた。
「じゃあ煮物からいただくか」
「どうぞ」
 屋上は無人ではないものの、声が届く範囲にいるわけではないので、素に戻って会話する。
「……うまい」
「本当ですか?」
「嘘を言ってどうするんだよ。これは役得だな。お袋さんにうまかったと伝えておいてくれ」
「はい。よかった、喜んでもらえて」
 
 坂上が自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑むので、日野はドキリとした。
 
「おい、見てばかりいないでお前も食ったらどうなんだ。さすがに俺だってこれ全部は無理だ」
「そ、そうですよね!あはは……いただきます」 
 きちんと手を合わせてから箸をつけるその姿に、軽い暈を覚える。
 
(待て。何をときめいてるんだ俺は。こいつは坂上だぞ)
 
 打ち消そうとすればするほど、胸の高鳴りは大きくなる。
 
(気の迷いだ。こいつがこんな恰好してるから……)
 
「日野先輩?」
「っ、何だ?」
 不意に呼びかけられ動揺したが、つとめて冷静を装った。
「今日の放課後はどうしますか?」
「ああ……今日のところはこれで十分だろ。先ずは相手の出方を見ないとな」
 自然な成り行きを目指すなら、一緒に帰るのはまだ時期尚早だ。そう言うと、坂上は明らかにホッとした表情を見せた。女装したまま帰宅するのは抵抗があるのだろう。いつかはそうしなければならないとはいえ、それが今日ではないことに安堵する気持ちはよくわかる。
 
 
 
「おい日野。噂になってるぞ」
 放課後、部室に入るなり朝比奈ににじり寄られた。
「何のことだ?」
「しらばっくれるな。俺は奥沼に聞いたんだよ。昼休みに謎の美少女といちゃいちゃしてたんだって?」
「奥沼?」
作品名:フェイクラヴァーズ 作家名:_ 消