それは優しいだけのうた
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「――――あ、起きたか?」
最初に聞こえたのは、そんな呼びかけだった。
眩しさに耐えてうっすらと目を開ける。
「…よ、おはよーさん」
軽くかけられた声に、まだ眠気の混じる声でおはよう、と返して――――目に飛び込んできた色彩に、一気に意識が覚醒した。
「え!?」
「っと、あぶね」
危うく飛び起きた遊戯と衝突する所だったのをかわして、彼はその調子なら大丈夫そうだな、と安心したような人懐っこい笑みを浮かべた。
その笑みには覚えがあった。
「・・・城之内、くん?」
呆然とした呟きに、彼は、ん?と首を傾げた。
「を、オレ知ってんのか?・・・やっぱお前、アレ?ひょっとして、あの悪戯好きの奴?」
悪戯好き、って・・・。
返答に窮していると、ほらアレ、と玄関の脇にあるベルを指してみせる。
遊戯が答えるより先に、ああ、じゃあ納得だな、と一人頷いてみせる。
「夜中にな。さーてそろそろ寝るか、と思ったらいきなりベルが鳴ってな。飛び起きたら何もいねぇし。またお前かと思ってたら、何か呼ばれてるような気がして外に出てみたら」
道ばたに落ちてたんで拾ってみた。
・・・何だか犬猫扱いと同じで複雑な気がしないでもなかったが、遊戯はありがとう、と礼を言った。
「いいって、困った時はお互い様、ってな」
「え・・・?」
「お仲間だな。オレの方が先輩だけど」
「ええ〜!?」
「何だよ、そんな驚くトコか?」
フツーの奴がお前のあの悪戯に素でつきあえる方がやべェとは思わねぇか?
そう答えながら、城之内は壁のカレンダーにキュ、と赤マジックで印を付けた。
「6月4日・・・ね。これがお前の誕生日って事になるかな」
おめでとう。そう言って自然と差し出される手を、遊戯はじっと見つめた。
・・・これはアレだろうか。知識としては知ってはいるけれど。いつまでも半端に手を上げたきりオロオロしている遊戯を知ってか知らずか、城之内は辛抱強くずっと待っている。ふ、と一息ついて、意を決して差し出された遊戯の手を、一回り大きな手が力強く包む。
初・握手、成功だ。
遊戯は顔を綻ばせて、そっと手を握り返した。
「慣れるまでしばらくここにいたらいい。まだ部屋あるし、オレも間借りしてるよーなもんだから」
「誰に?」
「さらに先輩。御伽っての。ずいぶん前に降りてきたんだってよ。オレたちみたいなのは他にも結構いるらしい。趣味でそーゆー奴らの世話やってる」
知らない事はいくらでもあるだろうから、何処か行き先があるにせよ、ちょっとでも憶えてからの方が良いぜ。
そう言いながらもバタバタと部屋中を走り回りながら、城之内はそう言えば腹減ってるか?と聞いてきた。
「ごめん、まだちょっとその辺よく判らないんだけど・・・」
「ああそっか。んー…、じゃ取り合えずバイト終わったら飯作ってやっから、机の上の果物でも食っててくれ」
「・・・うん、ありがとう」
「いいって。ダチだしな!」
「と、友達のこと?」
「そう。さっき握手したろ?んじゃ行ってくる!」
バタン。
・・・・・・。
現状を把握するヒマもなく。
いくつかの爆弾を落として城之内は扉の向こうに消えた。
「えーっと…」
バタン!
「わぁ!」
「ったー、忘れもん!この部屋ん中、好きなように見て回って良いぜ。結構色んな物が置いてあるから。あと、そっちの奥は御伽の私室だから入らないでくれ。ただでさえ壊滅的に足場がないから、本が崩れりゃ絶対埋もれる。んで最後にもいっこ!」
「は、はいっ」
「こーゆー時には『いってらっしゃい』で見送るモンだ」
にか、と笑う城之内に、一瞬呆気にとられたように目を瞠ったが、遊戯はふわり、と笑った。
「・・・いってらっしゃい、城之内くん」
一人部屋に残されて、遊戯は大きく一つ息を付いた。
・・・と、壁に止められたカレンダーに目をとめる。
大きく丸が付けられた数字。
これが、ボクの『誕生日』。
指でそっと数字をなぞって、遊戯はそっと笑みを浮かべた。
それから、ねぇ、と話しかけようとして動きが止まる。
違う。
違う、落ち着いて。
もういない、のだ。…彼は。
自分で、自分に言い聞かせるように。
告げたその言葉に、逆に息が止まりそうになった。
「・・・しっかりしなきゃ」
もう一人のボクが心配しないように、しっかり。
作品名:それは優しいだけのうた 作家名:みとなんこ@紺