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みとなんこ@紺
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それは優しいだけのうた

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壁を抜けていつものように街の図書館に入り込む。
静まりかえったロビーでは、多くの人々が思い思いのペースで本を読んでいる。
と、ふと一角に視線を止めた。
僅かに眉を寄せた表情で本を読む青年の傍ら。
低い位置にある本を覗き込む、背中。
気配がする。同じ、者だ。
する、と近寄ると、彼もこちらの気配を感じたのか、白色と灰色で構成されたその彼は、振り返って小さく会釈をくれた。
「はじめまして」
穏やかな笑みと、柔らかな言葉。
こっちに来ないかい?ちょっと面白いんだよ、彼。と手招かれて、窓際に陣取る彼の側に。
ほら、と示されて視線を落とすと、青年のめくっていた本はとある人物の偉人伝。
だが彼は、そんなものを読んでいるのにもかかわらず、感動するよりもむしろ不機嫌そうな難しい顔をして、刻まれた文字を追っている。
不思議に思って、そっと意識を寄せてみた。
『もしこれ全部本当ならそんな人間逆に気持ち悪いよな。どっかの人も自分の自伝は嘘っぱちばっかりだとかって怒ったって言ってたし、…何か一つや二つ、バカな失敗してるだろ、フツー』
くだらない、と言いながらも彼は頁を捲る手を止めようとはしない。
「・・・変わった人だね」
「面白いだろう?くだらない嘘っぱち、そう思っても、彼の根底には興味と尊敬がちゃんと存在してる」
彼の中にあるのは、過去の偉業を成し遂げた人への敬意と、軽い自己嫌悪。進路のことで悩んでるみたい。
自分の可能性を信じたい気持ちと、どうせやるだけ無駄だ、なんて最初から諦めた気持ちと。
伝わってくるその気持ちの向こうにある複雑な色をくみ取って、遊戯はちょっとだけ、と彼に額を寄せた。

大丈夫、大丈夫。はじめてもいないのに、自分で終わりを決めちゃダメだ。何かやりたい事があるのなら、諦めないで前に進む事を。

バン、と大きな音を立てて本を閉じると、やおら青年は席を立って出口に向かった。
途中、返却箱にそっと本を滑らせて。もう彼は振り向かなかった。


見送って、はた、と我に返った。そういえば、先に見ていたのは彼の方だった。そろ、と視線を上げると、彼は変わらず穏やかに微笑んでいる。
「――――お見事、だね」
「ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
「ううん。そんな事ないよ。・・・ただ」
僕にはあんな言葉をかけてあげる事は出来ないから、逆に良かったと思って。
「…え?」
彼の表情に僅かに影が差したのはほんの一瞬のことで、問い返す間はない。
「君が遊戯くん?」
「ボクを知ってるの?」
遊戯には覚えはない。何処かで会った事があっただろうか。彼はそうだね、と一度言葉を句切ると僅かに首を傾げた。
「話にはたまに聞くよ。ここによく来ると聞いたから、もしかしたら、と思って」
名乗るのが後回しになってしまったけれど、と彼は獏良了と名乗った。



獏良は南の方の街からやってきたという。
ずっと見ていた人が、この街にやって来たから一緒にきたんだ、と告げた。
「学者さんでね、ずっとずっと追い続けてる」
自分たち、人がここまで辿ってきた、その歴史を。
「歴史を…?」
獏良は歌うように以前記憶した、学者の言葉を紡いだ。


人類の歴史は戦いの歴史。
文化が芽生え、進歩し、進む道の途中には必ず戦火を伴ってきた。
人はこれを一度として回避できたことはない。
文化は戦いの間に浮き、沈む。
ただそれだけだ。ただ、それだけ。
・・・だが戦いだけを記録には残さない。

「――――『私は人の是非を問う。人の歴史はそれだけではなかったことを伝える。それが私の歴史』」

強い引力を持つその言葉を歌い終え、獏良は静かに目を伏せた。
「――――人が好き?」
穏やかな問いかけに、遊戯は素直に頷いた。
「・・・うん、たぶんね」
自分たちは力を持った強い言葉が好きだ。
そんな言葉には酷く引きつけられる。揺さぶられる何かが、ある。
記憶も、感覚も曖昧だけれど、たぶんこの心は人へと傾いている。そう、いつからか。

獏良はしばらくじっとその瞳で、覗き込むようにして目を合わせた。
「・・・あまり強く思いすぎたらダメだよ。僕らは歴史の外側にいる。だからこそこうしていられるんだ」
囁くような小さな声で、そっと繰り返す。
「霊として生きるのは素晴らしい。僕らはただ、集め、証言し、守る」
その為だけの、僕らなのだから。
「――――忘れちゃダメだよ。《名もなき王》の片翼さん」





遊戯と離れて、書架の森に身を滑らせた。
…奥から、何かの声が聞こえたからだ。
ふらり、と窓際にいる同族のいる方へ向かう遊戯の足取りは迷いなく、先程の声は彼には届かなかった、と判断した。
本の保護のために光がなるべく射し込まないようにしてある奥の棚へと歩を進めた。
文学・歴史・古典・科学・宗教・地理・政治…区分けされた棚を無感動に眺めながら、ゆっくりともっとも奥まった場所へ。
壁際、書架と書架の間に出来た狭い隙間に、一人の子供が膝を抱えて蹲っていた。
組んだ腕に顔を伏せ、手が白くなるまで制服をきつく握りしめている。

「――――『嫌い』なんだってよ」

唐突にかけられた声にも、もう一人の遊戯は驚くでもなく声の方へと視線を投げる。生徒の寄りかかる書架に立て掛けられた脚立の上に、その声の主はいた。
「久し振りだねぇ、王サマ」
元気そうで何よりだ。
黒で構成された色彩の中に酷く強烈なコントラストを描く白の髪。剣呑な光を弾く瞳は薄い灰に彩られている。そして皮肉気に歪む口元を上げて、彼は嗤った。
「バクラ」
「憶えててくださったとは光栄だね」
上から失礼、と付け足して胸に手を当て優雅に一礼を。
「戻ってきたのか」
「いや、こんなシケた街さっさとおさらばするさ。ただ今回は…」
一部の連中の間じゃ有名な、王サマにくっついてる人間志望の変わり者を見物に。
「・・・・・・。」
「おっと、オレサマが言い出したんじゃないぜ。オレはそんな事には興味ない」
オレサマが興味があるのはそーゆー奴の方。
「・・・いつも家にいない癖に、やれ進路だ、成績だのの時だけ口出ししてくる父親は『いっそいなくていい』んだとよ」
へ、と小馬鹿にしたように笑う彼から子供へと視線を落とす。
「…受け取ってやれば良いだろう?」
この子の“痛み”を。
そして還してやれば。

音もなく脚立の上から飛び降りてきた彼はすい、ともう一人の遊戯の脇をすり抜けて子供の背後に立つ。
無造作に手を伸ばして、肩に触れた途端、「声」が一層強くなった。
彼は僅かに眉を潜めたもう一人の遊戯に向けて、歪んだ笑みを見せる。
「…オレサマが抱くとオヤジが死ぬぜ。知ってるだろ」
ほら、と手を離して一歩退くと、また少しだけ声が小さくなる。
けれどその声は徐々に鬱々と暗く、重い物になっていく。
自分の内に向き、世界から隔絶された錯覚に嘆くのではなく、自分を取り巻く世界そのものを厭うような、声に。
暗がりの中でバクラが嗤った。
「――――たまにオレたちに気付いた人間はよ。オレたちに実に色んな呼び名を付けてくれたもんだが」
それこそ幽霊だとか、妖精だとか、天使だとか。
けれど、数ある呼び名の中で
「・・・オレサマが一番気に入りの名は『悪魔』、だね」
ぴったりだろ、とバクラは嗤った。