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みとなんこ@紺
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それは優しいだけのうた

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夜のスタンドカフェ。

もう店じまい寸前の時間だからか、客は一人しかいない。
食事を必要としない身としては特に用もない所ではあるけれど、遊戯は黙々とホットドックを頬ばる彼の隣に立ち止まって、彼の真似をしてカウンターにトン、と肘をついてみた。
遊戯が引っ掛かった事に気付いたもう一人の遊戯も、僅かに苦笑を浮かべてゆっくりとした足取りで戻ってくる。
・・・前に置かれた白い紙コップ。
湯気の立ち上る夜と同じ色をしたコーヒーは、温かいのかな、冷たいのかな。
湯気が出ている、という事は温かい事だったと思うけれど。
その紙コップは、どうなんだろう?
熱を移して、手を温めてくれるんだろうか。

どのくらいそうしていたのか。
ふ、と彼は口を休めて、軽く辺りを見回した。
その仕草が何かを探しているように見えたから、どうしたんだろうと軽く首を傾げて様子を窺う。
やがて彼はふ、と口元に綺麗な笑みを浮かべると、トン、と紙コップを自分の前から少し、遊戯の方へと動かして、乾杯でもするように翳して見せた。

「・・・見えないけど、そこにいるね」



――――…え…?
もう一人の遊戯も足を止めた。
辺りを見渡しても誰もいない。
間違いない。彼は、遊戯がいることを判っていて、語りかけている。
今まで城之内をはじめ、数は少ないにせよ、気付かれる事はあっても、こんなにはっきりと気配を悟られたことはなかった。


彼は少しだけ目を伏せて、小さな声で「はじめまして」と言って、もう一度笑った。
シニカルにも見える、無邪気にも見える、不思議な笑みだった。
彼は御伽、と名乗った。
瞳の色と同じく、不思議な響きだった。

姿が見えていないのは本当みたいで、だけど、関係なしにホットドックの攻略を再開しながら、売店の中の人には聞こえないくらいの声で話をはじめた。
唄うように語られる、他愛もない、言葉。
それは自分たちが語る言葉に似て、だが少しばかり違った響きを持っていた。
何が違うのか、2人はそれぞれそっと耳を傾ける。

「最近やっと軌道に乗り始めたんだ。判るかな?ボクはゲームを作ってるんだよ。自分で考え出して、デザインしたゲームを、寝るヒマも惜しんで調整してるんだ」
「結構自信作なんだよ。試しにやってもらった人の反応も良い。これはいけるって思って、ずっと憧れてたゲームデザイナーに企画書を送ってみたら、今度会ってくれることになったんだよ」
「アメリカ、までね。…そこまで行ってくる。この街よりもっと広いフィールドに出るよ。必ず、成功させてみせる」

・・・ああ。

そうだ。
これは、彼が語っているのは。誰かの物ではない、紛れもない自分自身の歴史、なんだと気が付いた。
誰かの言葉で、視点で語られる訳ではない、彼自身の歴史。


――――でもね、と彼は小さく肩を竦めた。
「ホントは今、少し行き詰まっちゃって。気分転換に出てきたんだ。・・・ちゃんと飯くらい食え、って同居人がうるさく言ってたの思い出しちゃったし」
・・・だから、こうして不健康にもジャンクフードを、濃いコーヒーで流し込む。
まぁこれも食べた事には変わらないからね、と。
悪戯気に笑いかけてくるのに、自然と笑みが浮かんだ。
「ずっと仕事場に篭もりっぱなし、、画面も見つめっぱなし。いい加減目も疲れてきたし、潤いがない」

同じ事のくりかえしばかりじゃ、先に進めないし、意味がないからね。

つき、と何処かに小さな傷を付けられたようだった。


「・・・キミもこっちに来たらいいのに」

小さく彼はそう言った。
その言葉が届いた時。
遊戯は僅かに目を瞠り、
もう一人の遊戯は、そっと目を伏せた。



御伽の調子は変わらない。
ただ、その瞳だけは僅かに真摯なものを含んでいる。
それが判る。

「・・・キミと話がしてみたいね。こっちは良いよ。温かいものに触れると良い気持ちなんだ。悲しいものもあるけれど、綺麗なものだってたくさんある」
「同じ言葉を使っても話が通じない事だってあるし、誤解を受けてこっちが必要以上の痛みを受け取る事だってある。・・・だけど、」
こちら側で『生きる』のは、素敵なんだ。
「ああ、好きな人が出来るかもしれないよ。温かくて、切なくて、嬉しくて、苦しくて。楽しいけれど、…ときどき痛い。だけど、」
それもまた、いいものだと。
そう言って彼は目を細めて綺麗に笑った。


遊戯はそっと一歩を踏み出して、トンと彼の肩に額を寄せた。
ゆっくりと目を閉じる。

――――淡い、キレイな光だ。

でも少し曇ってしまっている。
その曇りに手を伸ばして、抱き寄せるようなイメージを。
疲れは本当に少しだけだったから、手を伸ばして触れただけで、すぐに融けるように消えてしまった。


急に何か、凝り固まっていたはずの疲れが取り払われたような気がして、アレ、と彼は呟いて肩に触れると、やがて小さく微笑んだ。
売店の奥に向かって、もう一つコーヒーを、と頼む。
差し出されたそれを、コトン、とカウンターに置く。

「・・・ありがとう」

どうぞ、と笑ってコップを示す。
遊戯はサービスされてきたそれを、じっと見つめた。
白い紙コップ。
黒い、コーヒー。
白い、湯気。
そっと手を伸ばして、触れる。

「――――もしも、」

熱は伝わらなかった。
確かに触れているのに実感は伴わない。
今までと、同じように。



「――――もしもキミがこっちへ来たなら、その時はまた話をしたいね」