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Kataru.(かたる)
Kataru.(かたる)
novelistID. 12434
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貴方の色で私を染めてください

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「……仕方が無いですね」
 呆れたような声が、小さく聞こえる。同時に、迫る切っ先が常人には分からないほど少しずらされる。
将軍にはそれだけで十分だった。
 そのずらされた微かな隙間に剣をねじ込む。そして、そのまま切り上げて静蘭の剣を吹き飛ばした。飛ばされた剣が、静蘭の背後で床に突き刺さる。
 一瞬の沈黙の後、わっと歓声があがった。銅鑼の音も遅れて響き渡る。
 楸瑛の勝利であった。少なくとも、周りで見ていた兵士たちの殆どにとっては。
 心なしか弾んだ息をしながら、楸瑛は剣を鞘に収める。試合は終わったのに、未だ尖った気持ちが治まってくれない。静蘭も突き立った剣を抜き、鞘に戻していた。こちらを見る目には明らかに侮蔑の色が混じっている。その瞳に晒されて、急激に爆発しそうだった気持ちが冷えて行く。
「……ありがとう、静蘭」
「いえ。7日分も食料を頂けるそうで、こちらこそ助かります」
 ぐっ、と楸瑛は言葉に詰まった。そうだ、こういう男だった。
「4日」
「え? 8日も頂けるんですか?」
「…せめて6日」
「すみませんね、最近耳が遠くなって…、9日ですって?」
 もはや何も反論する気が起きなくなって首を小さく振ると、静蘭は満足げに頷いた。
「それでは10日ということで」
 爽やかな笑みとともに壇上を去っていく後姿を眺めながら、楸瑛は、彼には様々な面で勝つことが不可能なのではないかとひとりうなだれた。歓声は、止むことなく壇上に残る楸瑛を祝福していた。


「はっ?」
 主上のいない執務室で、それを彼に告げると、案の定睨みつけられた。
「なぜこの俺が貴様の尻拭いをしなければならないのだ!」
「尻拭いだなんて酷いことを言うね、絳攸。お礼といってよ」
 何の礼だ、と絳攸が軽く人を殺せそうなほどの凄みを利かせて睨んでくる。
「ほら、いつだって君が迷わないように心を砕いてあげているだろう? この間だって、ね?」
 楸瑛は、言いながら一番最近の“この間”というのが、例の後宮からの帰り道であることに気付いた。心臓が大きく脈打つ。しかし、絳攸は眉一つ動かさずに、肩をすくめた。
「俺は迷ってなどいないし、第一、あれは貴様が勝手にやっていることだろう。俺が感謝する必要性を感じないが?」
 あの日、道を一本間違えた絳攸にいつもと同じように優しく訂正をすると、絳攸はいつもと同じように怒っていた。ただ一つ違ったのは、絳攸は掴んだ指を離さなかったことだ。
「じゃあ、君のために労力している私への労わりでもいいよ」
「何が労力だ、馬鹿。俺をからかって遊んでいるだけのくせして何を言う」
 鼻で笑って、絳攸は自分の仕事を片付け始める。山のように机に積み重なった仕事は、減ってはいるがまだまだ終わりそうにない。
「いいじゃないか、絳攸。久しぶりに邵可殿と食事が出来るんだよ?」
「………」
 しばしの後、絳攸の手が、無言で筆を楸瑛へと突き出す。
「絳攸?」
「さっさと仕事を終わらせる。お前も手伝え。一応俺の次だったんだから仕損じることはないよな?」
 敬愛する人の名は、意外にも大きく彼の心を動かしたらしい。
 邵可も、彼の“特別”の一つなのだ。
「無論」
 筆を受け取った際に手が触れ合ったが、絳攸は無表情を、楸瑛は笑みを崩すことは無かった。


「う、ぅ……〜〜」
 絳攸は机の上に突っ伏していた。
 手元にある少し大き目の杯で、軽く両手では足りないほど呑んでいる。
「絳攸、そろそろよそう、ね?」
「〜〜っ…なぜだ、俺は、まだいける、ぞ…」
 呂律の回っていない舌が、ぶつぶつと文句をいう。力の入らない手が、弱弱しく杯を探る。
 楸瑛がすかさずその杯を手の届かない遠くに置くと、絳攸の瞳が楸瑛をぼんやりと捉えた。なぜだ、と問う瞳の焦点が微妙に合っていないのがなんとも扇情的だ。
「……はぁ。やっぱり連れてくるのは止めておいたほうが良かったかな」
「いえ、食材が増えるのは喜ばしいことですよ?」
 小さく呟いた楸瑛の言葉を拾って、静蘭は綺麗に微笑んで見せた。
「……静蘭」
 秀麗が慌てて、食卓の片付けに向かった邵可を追って調理場へ行っているのをいいことに、静蘭の毒舌は今日も絶好調だ。
「何度も言うけれど、一応私たちは君より遥か高位なんだからね…」
 と、大きな声で言えればいいのだが。楸瑛の抵抗は小さな吐息ともとれる声になった。当然、笑みを浮かべる元公子様に届くはずも無く。
「あと9日、よろしくお願いしますね」
 国王が劉輝でよかったと心から思った。
「……。…、じ、じゃあ、私は明日遠征があるから先にお暇するよ。絳攸も連れて帰るけどいいかい?」
「もう少しゆっくりしていけばいいじゃありませんか」
 静蘭の形のよい唇から、床磨きが待ってます、という言葉が発せられる前に、楸瑛は絳攸を連れて室の外へと足を踏み出していた。
 肩に担ぐには少々大きく成長しすぎた二つ年下の文官は、だらしなくもその体重の殆どを楸瑛に預けっぱなしにしていた。もっとも、自分で歩くだけの力があったのかといえば、すでに全身に酒がまわっていた絳攸にそんなものは皆無だったのであるが。
 敷居を跨ぎながら小さく笑みを零すと、後ろから焦った少女の声が聞こえてきた。
「藍将軍! もうお帰りですかっ!」
 息を切らして走り寄って来る小柄な少女を笑顔で迎えて、楸瑛はゆっくりと首を振った。
「今日はもう十分秀麗殿の手作りを堪能させていただいたよ。とても美味しかった。それに、明日は遠征に付いて行かなければならないから。…でも、またすぐにお邪魔すると思うよ」
 まだ約束の10日間の食材を届け終わっていない。それを笑顔で強要してきた静蘭を脳裏に浮かべてしまい、背筋に悪寒が走る。例の練習試合の後、静蘭にわざと負けてもらったことを大将軍が気付かないはずも無く、黒大将軍から酷く叱責されたのだ。遠征について行くことになったのも、その罰のようなもので。
「そうですか…。それでは、お待ちしていますね」
 手を振る少女に楸瑛は小さく微笑み返す。いくら静蘭に言われたからといっても、彼女の美味しい料理と優しい微笑みのためだと思えばなんてことはない。
 自分の肩にもたれて、いつのまにか眠ってしまったらしい絳攸も、きっと同じ気持ちだろう。
 左手を自分の肩に回してしっかりと握り、腰を支えて歩き出す。吹く風が少し寒い。頭上を仰ぎ見ればいつだかと同じ、月の夜だ。
 あれから、あまり自分たちの仲は変化していないと思う。変わらず、主上の側近として共にいることが出来る。完全に拒絶されたわけではないのが、何より嬉しい。嬉しいのだが、その優しさに付け込みそうになる自分がいるもの確かで。
「…いっそ、全てをやり直せたらいい」
 吐息交じりの声は、空中で形を成さないまま、すぐに溶けて行った。
 やがてあらかじめ出しておいた文によって、藍邸から迎えが来た。
絳攸の手を離さなければならない。しかし、その手を離せないまま、楸瑛は藍邸への道を走り出した。
紅邸には向かわなかった。
どうしても、手を離せなかった。


髪留めを解く。腰帯を緩めて服をくつろげると、楸瑛は優しくその身体を寝台へと横たわらせた。