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Kataru.(かたる)
Kataru.(かたる)
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神様のギャンブル

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 断るタイミングを完全に逸して、結局池袋駅から程近いファミレスにて待ち合わせすることになってしまう。通話の終了を示す短い間隔で連続する電子音をぼんやりと聞きながら、口の回転の良さは自分でも武器になる部類の長所だと思っているのに、どうして帝人相手だと稀に調子が狂ってしまうのだろうと眉を寄せる。だが、過ぎた事を悔やんでも仕方がない、スプリングコートの下に防弾チョッキでも着ていった方が良いのではないかと真剣に悩みながら、端が少し焦げてしまったオムレツを口に運んだのだった。


+  +  +


「悪ぃ、待たせちまったか?」
「いえ、僕も今来た所ですから…」
 ちらりと確認したボックス席に一人で座る帝人の前に置かれたコーヒーカップの中身は言葉に違わずほぼ量が減っておらず、まだ湯気が立っている。取り敢えず自分から呼び出しておいて待たせてしまった訳ではないようで、静雄は小さく安堵しながら帝人の向かいの席に腰を下ろした。すかさず現れたウエイトレスにアイスカフェオレを頼みながら、静雄は居心地悪そうに足を組み替えた。そして、周りに聞こえないように机の向こうに居る帝人に向かって身体を少し乗り出し、小声で囁きかける。
「…メールにも書いたが、《ダラーズ》がメジャーデビューってのはマジ話らしい…確かな筋の情報だから間違いねえと思う」
「そうですか…」
 静雄の話を聞いて、小さく眉を寄せ何事か考えるように視線を落とし、特に目的も無く目の前のコーヒーカップの中身をスプーンで掻き混ぜ始める帝人の様子を眺めながら、静雄も心の中で深い葛藤を感じていた。
「…なあ、煙草…良いか?」
「あ、勿論どうぞ。だから喫煙席取っておいたんですから」
「済まん、気が利くな」
 誰かさんと違って本当に出来た人間だと思う。静雄は好意に甘えて、懐から取り出した愛用の煙草に火を付けた。深く吸い込んだニコチンが体内を巡る毎に、苛ついていた気持ちが少しずつ収まっていくのを感じる。暫く煙が帝人の方へ行かないように気を付けながら煙草を吹かした後に、静雄は腹を決めて口を開いた。
「俺には、許せない事がある」
 急に聞こえてきた声に、帝人は驚いてコーヒーを掻き混ぜる手を止めて静雄を見詰める。
「お前がまだ高校生で無名だっつー理由で、臨也のクソ野郎は《ダラーズ》の曲をアレンジした奴の名を自分の名前にした。そりゃ、詩は奴のだし、奴自身アレンジに口出しした所もあっただろう、だが、あの曲は間違いなくお前の物だったはずなんだ。それを売名の為だけに横からかっ攫われて悔しくないのか? 腹立たないのか?」
 不思議に怒りではなく穏やかな気持ちのままで帝人を見詰めていれば、帝人は静かにそうですね、と呟いた。
「でも、確かに僕が僕の名で売り出すより、臨也さんの方が遙かに知名度もバリューも高かった…あの当時は僕もそれが一番の最善だと思っていましたし、事実《ダラーズ》は思いがけなくここまで成長出来ました」
「俺が言いたいのはそういう事じゃねえんだよ」
 今更ながら目の前には居ない男へのどうしようもない怒りがこみ上げてきて、奥歯を噛み締めながら歯の隙間から低い唸り声の様な声を絞り出す。
「臨也なら《ダラーズ》を間違いなく成功させる…アイツは昔からそういう男だ。だが、奴の最低な所はその為には手段を選ぼうとしない卑劣な所だ…お前も分かってるだろうが。このままじゃあ《ダラーズ》は…竜ヶ峰帝人は、奴の所有物になっちまうんだぞ?」
 静雄の手の中で火のついた煙草が握りつぶされる。当然、熱かろうと思うべき場面なのであるが、帝人は目を見開いて瞳を揺らしたまま何も言わない。丁度遅い昼食時で賑わいを見せる店内の中でこの一角だけが活気から取り残されたように異様な雰囲気を醸し出していた。
「そうなるんだったら、…」
 ぽろりとゴミの塊となった煙草が静雄の掌から灰皿へと静かに落とされる。喧噪の中にあって、二人を取り巻く空気は何もかもが余りに静か過ぎた。
「…俺は、《ダラーズ》を抜ける」
「…! そん、な…」
 決意を秘めた強い眼差しに、帝人は本気の色を感じたのか、少し開いた口唇を震わせながら言葉をどうにか探すように瞳を忙しなく動かし、しかしみるみるうちに眉をハの字にした。
「勘違いするなよ、俺はお前のアレンジをスゲェ買ってるんだ。……出来るなら一緒にメジャーだろうが何だろうがやりてえと思ってる。これは本心だ」
「そ、っ…そんな、僕なんてまだまだで…まだ半人前にも足りてないんですから、静雄さんが抜けてしまったら、誰が曲を書くんですか…! 僕だって、静雄さんの…」
 思わず感情的になって机に両手をついて立ち上がろうとする帝人に向かって、静雄は一本立てた人差し指を唇に軽く押し当てる。と、丁度ウェイトレスがカフェオレを持って現れて、こんな人目のあり過ぎる所で大声を出しては嫌でも目立ってしまうと漸く気付いた帝人は慌てて居住まいを正したが、目に色濃く表れている静雄を引き留めようとする強い気持ちは変わる事が無く、ファミレスに似合わないバーテンダー姿をした男は、とまどいと嬉しさが入り交じった不器用な笑みを浮かべて見せた。
「正直、お前は奴が……臨也の野郎が居ればそれで良いのかと思ってた。…意外だ」
「静雄さん、僕たちは三人揃って《ダラーズ》なんですよ。誰かが欠けたらそれはもう《ダラーズ》じゃない……そんなの、僕は嫌です」
 酷く心地良い感情に支配されて、しかしそれがどうにも気恥ずかしくて静雄は目を伏せた。誤魔化すようにカフェオレへガムシロップを入れてみるが、慣れない感覚は消えてくれなくて何やら全身がむず痒く落ち着かない。心が曲がっている人間が大嫌いな静雄にはその分真っ直ぐに向けられる好意がより強く心に染み入るのだ。
 だが、どれだけ喜びを感じたとしても、静雄には《ダラーズ》を降りなければならない理由が帝人絡みより他にあった。だが、これを口に出すのは憚られる。帝人相手だからではない、他の誰にも知られたくないのだ。
 しかし、どうにかして帝人を納得させなくてはならない。言葉が決して上手くはない静雄は困ったように片手で自らの髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。元々自由に跳ねていた髪の毛が更に好き勝手な方向へ跳ねる。不毛な沈黙が流れる中で、ころん、とカフェオレのコップの中で氷が高い音を立てた。
 静雄は《ダラーズ》に加わる前は、色んなアーティストのアシストメンバーや弾に舞い込んでくる作曲の依頼をこなして糊口を凌いでいた。だが、その特殊すぎる性質──直ぐに頭に血が上り過ぎる、その上力任せに楽器を破壊する──の為にすぐに仕事を干されてしまうことが多く、何処かの正規メンバーとして活動することは無かった。特定の肩書きを得る事に魅力を感じなかった訳ではないが、ふらりと様々な音楽に触れ合える自分の身も気に入っていたので自分から手を伸ばしたりはしなかった。否、それは言い訳で、何処にも馴染めない自分をこれ以上傷つけない為に自分から他人をシャットアウトしてしまっていた節もあったかもしれない。
作品名:神様のギャンブル 作家名:Kataru.(かたる)