gambling game
あの日から残りの登校期間は、いわば冷戦状態のようなものだった。
古泉は笑顔バリアーで鉄壁の防御を披露していたし、俺にもそれを破れるような武器は持っていなかった。日常を演じながらさてどうしたものかと悩んでいる内に、いつの間にか冬休みに突入し、今に至るわけである。そして休みというのは来てしまうと飛ぶように過ぎていくものだ。気がつくと、もう2日ほど寝ると正月がやって来るという日になっていた。うーむ、この一週間近く、炬燵で寝てた記憶しかないぞ。
今年は去年のように年越しは冬山などということはなく、各自それは平和に自宅で年越しを迎える事になった。というのも、ハルヒの両親が急に里帰りすることになったとかで、それにハルヒも着いて行く事になったからである。
何故そんなことまで知っているのかといえば
「せっかくみくるちゃんと有希と三人で考えてたイベントがあったのに! まあ別に久し振りに祖父と祖母の顔を見るのも悪くはないけどね」
と、こんな具合に冬の活動を休止にする事を告げる電話で俺に愚痴り零していたからだ。
そんなわけで、俺は限りある平穏を噛み締めながらも、世の中に盛大に出遅れつつ年賀状やら大掃除などの年末特有の面倒なイベントをこなしていった。とはいっても年賀状を送る相手は限られているし、部屋も普段から汚いほうではないのでさして面倒はない。案の定、三十日の昼にはやる事がなくなってしまい、俺は一般的な高校生らしく、部屋のベッドの上にごろりと寝転がっていた。
終業式以来、古泉とは会っていない。
そもそもSOS団の活動が無ければ、古泉はおろか、あの面子とは会う機会がないのである。このまま順当にいけば正月明けぐらいまでは会わないで終わるだろうね。古泉のやつは、大方冬休みの間にこの問題を時効扱いにしてしまおうとでも思っているに違いない。まあ俺自身、この冬休みの間に何度もそう思ったさ。
だがそんな事になれば、古泉と俺の奇妙な仲間意識や友情めいたやり取りなんてものは無くなってしまうに違いない。これでも一応は、古泉との意味不明な理論ばかりが跋扈する会話を楽しんでいたのだ。それはちょっと、いや、かなり遠慮したい。
となると、俺が考えるべきなのはただ一つ。いわゆる告白への返事ってやつなんだろう。要は結論が宙ぶらりんになっているからいけないわけだ。なんであれケリさえつけば、古泉はどうか知らんが俺の気持ちは落ち着く。
「キョンくーん!」
これから俺の内面世界と会議を始めようと目を閉じたその瞬間に、我が妹がノックもなく兄の部屋へと侵入してきた。
こら、人の部屋に入る時はきちんとノックしなさいって言ってるだろ。
「えへへ、ごめんなさーい」
反省しとるのか解らん間延びした調子で謝りながら、にへらとした気の抜けた笑みを浮かべる。うーむ、本当にこいつはいつ見ても平和そうな顔をしているな。なんだかんだと悩んでいた俺が馬鹿らしくなってくるね。
「で、なんの用だ?」
「スパイだよ!」
「スパイ?」
いつからお前はMI6に入ったんだ? それにそもそも質問に対する答えが食い違ってるぞ。
「お母さんがね、キョン君ずっと部屋にいるから、どうしてるのか見てきなさい!って」
なるほど、そういう事か。ああ、どうせなら勉強してたって伝えておいてくれ。世の中、真実よりも虚構のほうが大事な時もある。
「えーと、とりあえず勉強してたって言えばいいの ?」
「それで十分だ」
はつらつとした様子で応える妹にゆっくりと頷きを返す。素直さはこいつの美徳だな。まあ若干お馬鹿なのが玉に瑕なのだが。
「それじゃあキョン君、お夕飯までには降りてこなきゃ駄目だよ!」
「おう。……っと、ちょっと待て。聞きたい事がある」
俺はふと思い立って、今まさに扉を開けて出て行こうとする妹を呼び止めた。不思議そうな顔をしながら妹が振り返り、小さく首をかしげた。
「なーにー?」
「実はな、今俺はすごーく悩んでいる事があるんだ」
「え! どうしたのキョン君?」
溺れる者は藁にも縋るってのはまさにこの事だろう。まあ実際に妹の返答を期待しているというよりは、口に出して状況を整理したかったというのが本音なんだけどな。流石に幾ら俺が恋愛経験に乏しいとはいえ、恋愛そのものすら頭から抜けてそうな妹に頼るわけがない。アドバイスが欲しいなら国木田に電話してるさ。ちなみにこの人選は、SOS団の女性陣が除外されるのは当然として、谷口の馬鹿を省いた理由は言えばしつこく相手が誰か聞かれる気がしたからである。
「それがな、俺……の友人、仮にKとしよう。そのKが、同級生で仲の良いIに告白されたらしいんだ。だが、Kが返事をしようとすると、Iは自分が告白したくせに返事はいらんと言い出してるらしくてな。そいつのバイト先が恋愛禁止だからというのが理由らしいんだが、Kとしては納得いかないみたいで、どうしても返事がしたいんだと」
色々はしょったがこんな所だろ。バイト先と言うか『機関』と言うかで随分話のシリアス度が変わってくるもんだね。
俺の話をふんふんと解ってるんだか解ってないんだかな顔をして聞いていたが、急に何か納得したように頷いた。ん? どうした?
「へー! じゃあ二人ともそーしそーあいなんだね!」
そーしそーあい? ……相思相愛?
相思相愛っていうとあれか、もっとわかりやすく言い換えれば両思いってやつか。よく四字熟語なんて高度なものを覚えてたな。偉い偉い。
――じゃなくて。
「何故そうなる」
俺は返事がしたいとしか言ってないぞ。
「この前読んだ漫画みたいだから !」
こいつにしてはまともな指摘だと思ったら、なんだ漫画の影響か。しかし本当に恋愛漫画みたいなことをやらかしてるのか、俺と古泉は。一応あれは比喩のつもりだったんだがな。
「……ほんとに、相思相愛に見えるのか?」
「うん! 」
見事な即答を有難う。もう行っていいぞ。
「はーい」
パタパタと元気良く走り去っていく。おいおい、階段は走ったら危ないぞ。
それにしても相思相愛、ね。もし妹の言葉が的を得ているならば、Kこと俺もまた、Iこと古泉へひとかたならぬ感情を抱いているという事になる。
「……まさか、そうなのか?」
内心の呟きだったつもりが、思わず声として零れてしまう。数秒ほど待ってみたが、俺の内面会議の面々は、渋い気持ちではいるようだが反論しようとはしなかった。
いやいやちょっと待て、俺よ。先ずは落ち着け。それこそお前、古泉に流されてやいないか? 今まで好きになった相手を思い出してみろ。全員見事に女性だっただろう。従兄弟の姉ちゃんに幼稚園の保母さん、小学校時代の同級生女子。どれも見事に女性じゃないか。古泉自身も言ってたが俺は断じてゲイじゃないはずだぞ。
理性がそんな風に叫んではいるが、一方で俺は妙に納得してしまっていた。道理で古泉の告白を嫌だと思わなかったり、あいつが一人で勝手に自己完結してるのを見て苛々したわけだ。そりゃあ最初から俺もあいつが好きなら嫌悪感なんて湧くはずもなければ、返事が出来ない状況に苛立つだろうね。
…………俺が、古泉を、好き。
「――――ッ!」
作品名:gambling game 作家名:和泉せん