gambling game
薄らとした自覚が芽生え始めた途端に、俺の頬は一気に体感五度ぐらい熱を上げた。脳裏にあの日の古泉の真剣すぎる表情と言葉が――俺へ触れたいだのなんだのと言っていたあの言葉が蘇ってくる。
「あーくそ……ッ!」
誰にというわけもなく、強いていうなら爆弾発言の主である古泉へ向けて小さな罵声を漏らしながら、頭を抱えてベッドの上に蹲った。今思わなくても、あの発言はとんでもない。なんというか、けしからん。けしからんぞ。
それにしてもまあ、あのミサイルも真っ青な威力を誇る発言にこれほどまでの羞恥を呈するということは、やっぱり俺も満更じゃないんだろうね。今まで気付かなかったのが不思議なぐらいだが、俺の性格を考えるに、自己防衛が働いたに違いない。同じ男、しかも古泉が好きだなんて、こんな事が無ければ自覚した途端に猛烈な後悔やら自己嫌悪やらに襲われるだろうからな。
って、ちょっと待て。そういえば古泉は今、俺への告白を無かった事にしようとしているわけだよ、な ?
となるとつまり、俺からの返事の機会もなくなるわけで、折角こんな妙な恥かしさを覚えながらも自覚したこの何ともいえない感情は、暫くお蔵入りという事になるんじゃないか? 確かに眠らせておいたほうが平和だっただろうが、自覚してしまった以上はそれを無視できるほど俺は器用じゃないぞ。それならいっそ、お前と秘密を共有して、いわゆる共犯者になるほうが楽だ。赤信号、皆で渡れば怖くないってやつと一緒だな。一人より二人の方が良いに決まってる。
「……よし」
そうと決まれば古泉よ。お前には悪いと思うが、時効扱いには全力で反対させてもらう。お前は自己完結したから多少すっきりしているかもしれないが、これじゃあ俺が後でお前の二の舞になりかねん。そんなのは御免だね。
自分の決意を促すように息を力強く吐いてから、俺はおもむろに携帯を取り出し、アドレス帳から古泉一樹のメールアドレスを引っ張り出した。流石に数少ない同じ団員のメアドと番号ぐらいは知っている。朝比奈さんや長門のアドレスもな。この二人は送っても携帯端末じゃない何かに届いてそうで怖いが。
古泉のメアドを出した理由は、もちろん奴へメールを送るためである。最近マスターした両手打ちのスキルでもって、俺は文面を書き上げていく。おお、噂どおり早いな両手打ち。元々簡潔な文章なのもあって、ものの二分もしないうちに出来上がった。ちなみに、このようなものである。
『今晩、八時に公園で待ってるから来い。反論は会った時に聞いてやる』
お願いでも誘いでもなくあえて命令口調で送ってやる。送信を完了した事を表すメッセージを見てから、俺は携帯電話の電源を切った。
これは俺への賭けなのだ。内容は古泉が来るか来ないか。賭けるもんは、あの時の古泉みたく言うなら『俺の秘密』だ。古泉は来ようが来まいが失うものは何も無しってのも、古泉がした賭けと近いか。まあ、どう考えても古泉より俺のほうがハイリスクな大博打である。古泉が来ない確率の方が高いだろう。だが俺は、不思議なことに古泉が来ないという想像が出来ないでいた。さて、現実はどうなんだかな。
「……何はともかく、俺が凍死する前に来いよ、古泉」
電源が切れてただの無機物と化した携帯電話を一瞥してから、俺はいかにも寒そうな曇り空を透かす窓へと視線を投げた。
メールをしてからおよそ十二時間ほど経った。現在時刻は八時半。勿論夜の、だ。現在地は言うまでもないだろう。公園である。そして半ば予想はしていたが、古泉が現れる気配はない。やれやれ、防寒セットをしっかり持ってきておいて良かった。まあ、肩下げの鞄の中にホッカイロ三個と暖かい飲料を入れてきただけなのだが、無いよりはマシである。
とりあえずいい加減立っているのも疲れたので、公園のベンチに腰を掛けた。ぼんやりと出入り口を見つめる。
まさに真冬といわんばかりに周りの空気は物凄く冷たい。ああこりゃ後三十分も待ったら確実に風邪ひくだろうな。その前に古泉が来れば万事オッケーなのだが、さてどうだろうね。実を言うとこんな賭けをしたものの、古泉が絶対に来るなんて確信はこれっぽっちもない。大体今日までの古泉の行動を考えれば、おそらくは気まずさその他諸々の要因から来ないと思うのが普通だ。
それでは何故にこんな無謀な賭けをしたのかといえば、自分の直感に従ったからだ。論理的に考えれば来るはずがないというのに、俺の直観は古泉は現れると大声で主張していたのである。俺はニュータイプでもなんでもないわけだから、直感なんてものがどこまで信頼できるかは解ったものじゃなかったが、たまにはそういったものに賭けてみるのも悪くないと思ったのだ。
「ックショイ !」
さて三十分どころか一時間ほど経ったわけだが、結果はご覧の通りである。これは確実に明日は風邪で沈没だ。大晦日に風邪ってのもむなしいもんだが、致し方あるまい。
しかし、そろそろ本気で体が冷え切ってきたな。ホッカイロはまだあるが部分的にしか温められないし、飲み物は完璧に冷え切った。これ以上は流石にまずいかもしれん。『大晦日の悲劇!男子高校生、公園で謎の凍死!』なんて風に新聞の見出しになるのは御免被りたい。
「俺の負け、だな」
思わず声に出して確認するぐらいには悔しいが、認めざるおえん。まあこれで一勝一敗、ヒフティヒフティというものだろう。
約二時間半ほどお世話になっていたベンチから腰を上げる。汚れを落とすために軽く尻をはたく。そこでようやく、俺は尻ポケットの部分が妙に膨らんでいる事に気付いた。
「……ん?」
一瞬首をかしげたが、直ぐに記憶はそれが何かの情報を提示してくれた。携帯電話だ。そういえば一応持ってきてたんだったか。すっかり忘れてたぜ。
とりあえず、半日ほど切っていた電源をつけてみる。案の定何通かメールが来ていた。こちらもやはりというべきか、差出人はほぼ全て古泉一樹である。
とりあえず一番古いものを開いてみると、『用ならメールでしろ』みたいな感じの文面が古泉風に書いてあった。ちなみに受信時刻は二時半。既に七時間以上前に来ていたらしい。悪いな、本当に気付かなかった。
知らぬ間に届いていた古泉のメールを、古いものから順番に眺めていく。大体はさっきのと同じで用件を問いただすものだとか、『無理です』というのを回りくどく伝えているものだとかだ。はじめこそ頻繁に来ていたようだが、俺からのレスポンスが無いと解ると間隔を置いて送るようにしたらしい。途中からは割とメールとメールの時間が空いていた。
さて次は一番新しいメールを開くかと思ったときである。急にディスプレイが切り替わった。
「うわっ!」
微妙に驚いて思わず小さな声を上げてしまい、反射的に周りを見渡す。幸いにも通行人も、こういうシチュエーションにはありがちなベンチに座るカップルもいなかった。どうやら俺の情けない悲鳴は誰の耳にも届かなかったらしい。それにしても誰だ、こんなタイミングで電話してくるやつは。
完全な八つ当たり的思考を抱きながら、俺は忌々しげに着信を知らせるディスプレイへ視線を向け――そして瞬時に目線ごと体を一時停止させた。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん