gambling game
『機関』のエージェントとしての古泉一樹。おそらくその立場が、こんなひん曲がった告白をさせた原因なのだろう。もしかしたら、普段からこいつが言っている「ハルヒは俺に惚れておるからして、俺達はくっ付くべきだ」という意味不明な勘違いも絡んでいるのかもしれないな。
しかしこれが正解なら、本当にこいつは大馬鹿だ。谷口を抜いて堂々のトップである。祝ってやる気には欠片もならんがね。
「在り来たり且つ当たり前な事を言わせてもらうが、お前は『機関』のエージェントである前に、古泉一樹という個人だろうが。個人の恋愛も自由に出来ないほどお前の『機関』は頭が硬いのか?それなら今すぐ文句の一つでも言って来い」
こういうのは言えば言うほど腹が立ってくるな。始めこそ一応は落ち着いてた俺の語調だったが、今では誰が聞いても喧嘩腰としか思えんようなものになっている。そんな俺に、古泉は唖然を通り越して愕然としているらしい。こんな気分じゃなきゃ、その間抜けた面を大笑いしてやっただろうな。
「確かに俺も今返事をしろって言われたら心底困るけどな、だからって告白されておいて考えるな忘れろってのは不可能だ。大体さっきから話を聞いてりゃ、お前は俺をなんだと思ってやがる。勝手に俺の気持ちを決めて完結させるな」
若干酸欠になりながらも、俺が出しうる限りの迫力を込めて古泉を睨みつける。ここまで舌も噛まずに一息で捲し立てられたんだから我ながら凄いもんだね。
「……それならば貴方は、嫌だとは感じなかったんですか?僕の告白を」
「………………まあ、不可解だとは思ったけどな」
そう、恐ろしい事に、本来ならば嫌悪感をもよおしても構わない場面だったというのに、俺の精神は予想外の事態に驚きながらも古泉の告白を受け止めてみせたのだ。おそらく、朝比奈さんから告白されたほうが余程驚くだろうな。
「……貴方は勘違いをしている。それは、やさしい貴方が僕の気持ちに流されているだけです」
「俺はそこまで献身的な精神は持ち合わせてないぞ」
「自覚が無いだけですよ。そうでなければ、そのような事は有り得る筈が無い。いや、有り得てはいけない」
古泉が緩く首を振り、お得意の敬語すら忘れかけながら呟く。俺に言うというよりは自分に言い聞かせているような口調だ。
「残念ながら有り得ちまったんだ。諦めろ」
「いえ、やはり貴方は勘違いしているとしか思えません。……そうですね、僕が貴方に対して何を思っていたか、お教えしましょうか? 貴方にお聞かせしたら直ぐに僕の顔なんて見たくなくなるかもしれませんが」
「……言ってみろよ」
やけくそ気味な面で言う古泉へ、俺は相変わらず喧嘩でもおっぱじめるみたいな目を向けた。
「ずっと、貴方に触れたいと思っていました。貴方のすべて余す所無く、触れたいと。超能力者などという特異な肩書きを持ってはいますが、それ以前に僕も貴方と同じ健全な青少年です。恋愛もしますし、好きな相手には性衝動だって覚えます。何が言いたいか、聡い貴方ならご理解いただけるでしょう」
もう今日だけで何度見たか解らん古泉の自嘲気味な笑顔を眺めながら、俺は予想をはるかに上回る大告白に沈黙を強いられていた。
「……解ったでしょう? 貴方と僕が持っている好意というのは、質が違っているんです」
古泉は諦めきった顔をして視線を逸らした。
「おそらく、もう僕の顔を見るのも嫌でしょうし、もしかしたら話したくもないかもしれません。ですが、図々しい事を承知でお願いさせて頂きます。せめてSOS団でいる時だけは耐えてください」
顔を俯けたせいで、西日が掛かって古泉の顔が見えない。その事に不安めいた感情を覚えながら、俺は未だに掛けるべき言葉を見失っていた。告白された時みたく頭が混乱しているというよりは、本当になんと返答するべきなのか解らずに沈黙しているというほうが正しい。思考自体はフル回転はしてるが冷静だ、と思う。たぶんな。
しかし俺は本当にどうするべきだろうね。
ここで古泉の願いに頷く事は簡単だが、そうしたらこいつは漏れなく「俺に完璧ドン引きされてる」という思い違いをするに決まっている。
それだけは駄目だと俺の感情が警鐘を鳴らしているのだが、具体案がなけりゃ問題は解決しないものである。危機感だけなら誰だって持てるんだぞ、俺。
「……それでは、電車の時間があるので。また、明日」
ずっと沈黙しっぱなしの俺をどう思ったのか、古泉はやけにはっきりとした声で俺へと告げると、俺からの返事も待たずに踵を返した。
「待……っ!」
反射的に声を掛けようと口を開いて、固まる。
引き止めた所で何を言えばいい。恐らく今の古泉に俺が言えるのは、「イエス」か「ノー」だけだ。さっきまでの、怒りのおかげで威勢だけはあった状態ならば後先考えず引き止められたかもしれないが、あの予想外もいい所な発言で全てがぶっ飛んでしまった今の俺には出来そうに無い。
結局、俺はそのまま古泉が定期を取り出して改札の中に消えていくまでの動作をきっちり見守り(古泉は一度も振り返らなかった)、数分立ち尽くしてからようやく我を取り戻し、自分も肩を落としてやたらと軽い鞄から定期を漁りだしたのだった。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん