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gambling game

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 そこには意外も意外なことに、古泉一樹の文字が浮かんでいたのである。躊躇いながら通話ボタンを押し、耳に携帯を押し付けた。
「今どこにいるんですか!」
 いきなり大声を出すな。古泉、お前は日本式礼儀ってものを知っているか? 電話は先ず『もしもし』が常識だぞ。
「残念ながら常識を配慮できるような精神状況ではなかったもので。それで、どこにいるんですか? ……まさか、まだ公園に?」
「そのまさかだ」
「…………」
 あっさりと肯定してやると、古泉は直ぐには言葉を返さずに黙り込んだ。少ししてから小さな受話器越しじゃなければ拾えないだろう溜息を零す。
「……携帯に幾ら連絡しても繋がらないものですから、心配しました。貴方は様々な組織から注目を受けている身なんです。お願いですから、もう少し慎重な行動を取ってください」
「お前な、別に俺は子供じゃないし、ましてや女の子でもないんだ。高校生男子が夜中に一人でどっか行くぐらい普通だろうが」
 安堵でもしてるのか力なく言う古泉へと、思わず呆れた声で返答する。深夜だってならともかく、九時過ぎで心配されるってのは男として複雑すぎる。
「女性や男性がどうのという問題ではありませんよ。以前は朝比奈さんでしたが、今度は貴方が誘拐されるかもしれません。朝倉涼子のようにどの組織にも過激派というのは存在するんです」
 確かに誘拐されるのは遠慮したいが、そんなに過敏になってたら日常生活も送れないだろう。そんな事より。
「それよりお前こそ今どこにいるんだ。俺のメールは見たんだろう」
「……それに関しては、僕は行けない旨をご連絡したと思いますが」
「反論は会った時に聞くという文面を見なかったのか?」
 我ながら何という自己中心的な理論だ。内心自分で自分に呆れつつも、態度だけはそれが当然のように振舞う。こういうときは先に弱音を見せたほうが負けるもんだ。
「……貴方という人は、本当に僕の願いをことごとく無視するんですね」
 古泉が憂鬱そうに溜息を吐く。おいおいそれじゃまるで俺が意地が悪いみたいじゃないか。
「別にお前の意思を無視しようと思ってるわけじゃない。ただ単に毎度毎度お前と俺の願いが食い違ってるだけだ。……おい、古泉」
「なんでしょうか」
 古泉の疑問符を確認してから、携帯を少し離してゆっくりと一呼吸し、再び耳元にくっつける。一瞬の隙に温度を下げたらしい携帯が、ひんやりとした感覚を頬へと伝えてきた。
「来い」
 有無も言わさない感じに聞こえるように、出来る限りはっきりと、簡潔明瞭に告げる。
「……何故です? もう結論は出たじゃないですか。これ以上貴方と議論を重ねる必要性を感じませんが」
 淡々と言ってくる古泉に、俺は相手に見えてないことを承知の上で左右に首を振った。
「そりゃお前の中ではそうかもしれないが、俺は違うんだよ。それに俺は今、俺自身と賭けをしてるんだ。お前が来ないと負けちまう」
「賭けですか」
「ああ、賭けだ」
 問い返しにきっぱりとした声で言い返す。数秒沈黙した後に、古泉は電話越しにも解るぐらい重たい溜息を吐いた。
「……解りました。貴方の意図は見えませんが、窺いましょう。あの公園で宜しいんですか?」
「ああ、直ぐ来い。そろそろ本気で凍死しかねん」
「……! 了解しました。では」
 俺の愚痴混じりの言葉を聞いた古泉がなにやら驚いたように息を詰めてから、やたら真剣な声でそう言った。それからプツッという小さな電子音がなり、ほとんど間もなく無機質で間延びした音によって通話の終了が告げられた。
 先程座っていたベンチに逆戻りし、時計を見上げながらボーっとしていると、入り口から走ってくる人影が見えた。何度見ても嫌になるほどイケメン面なあの男は間違いなく古泉一樹だろう。賭けは『古泉が来る』のほうが勝ちだな。
 とりあえず挨拶代わりに手でも振るかと、ベンチから尻を離して右手を上げる。と、近距離まで来た古泉にその手をぐいと掴まれた。
「な、おい、古泉?」
「こんなに冷えて……どうして帰らなかったんですか。僕は来ないと言っていたんですよ」
 古泉の両手に俺の右手が包まれる。手袋をしている古泉の手は暖かく、冷え切っていた俺の手がゆっくりと癒されていくような心地だ。
「メールを見てなかったんだよ」
 見ていたとしても無視して居座ったとは思うが、一応真実だけをそのまま告げておく。古泉は目を見開き、それから深い溜息を吐いた。お前、今日でそれ何度目の溜息だよ。幸せが逃げるぞ。ただでさえ幸薄そうなんだから大事にしろよ。
「……どうして僕相手に賭けなんてしたんです? 貴方は他愛もない暇つぶしのつもりかもしれませんが、自分に性欲を抱いてると解っている相手を賭けに使うというのは些か警戒心が薄いと思います。もし僕がここで貴方を襲ったらどうするんですか? 力では僕の方が上ですよ」
 無駄に性欲らへんを強調するな。ついでにその皮肉気を装いながら影で自己嫌悪に陥ってそうな笑顔を止めろ。直球勝負で俺を引かせようとしてるんだろうが、それぐらいで俺がびびると思ったら大間違いだぞ。
「別に構わん」
 しれっと言い切ってやる。正直なところ実際に襲われたら大いに困るが、ここで拒絶を見せたら負けだ。それに嫌悪を覚えないのは、我ながらどうしようもないが、本当である。
「……え?」
 まさかこういった反応が返ってくることは、全く想定してなかったんだろうな。古泉は唖然とした表情で硬直している。よし、畳み掛けるなら今のうちだな。
「流石に今ここでってのは遠慮願いたいが、時と場所さえわきまえるなら、……まあ考えてやらんこともない。ただ、それならちゃんと下調べだけはしておけよ」
「え、あ、はい」
 飄々とした風情で言うと、古泉が訳も解っていないような表情で頷いた。うむ、素直で結構。
「じゃなくて、ちょっと待ってください!」
 さすがにそう簡単には流されはしないか。なんだよ。
「 貴方、自分が何を言っているか解っていますか? 僕をからかって言っているとしたら幾らなんでも趣味が悪すぎると思いますが」
 古泉が慌てた声を出すってのも、ここ数日で随分と見慣れたもんだ。にしてもこいつ、人のことを散々ハルヒの思いとやらに気付かないだなんて鈍いだなんだと言っているが、自分こそ鈍いんじゃないか?
「お前な、幾らなんでも俺だって冗談で済む範囲と済まされない範囲ぐらいは解ってる」
 大体きわどい冗談はお前のお家芸であって俺じゃないだろ。
 古泉もここにきてようやく俺が暗に何を言おうとしているか感づき始めたらしい。表情を今までより二割増ぐらい険しくしながら、探るような目線をよこしてくる。
「……やはり貴方は僕に流されている」
「誰がお前なんかに流されるか。朝比奈さんに告白されでもしたらそりゃあうっかり流されかねんが、お前相手で流されるなんて有り得ないな。それこそ、そんな事が起こり得るのは、俺が先天的なゲイだった場合だけだろ」
 ちなみに俺は生まれてこの方、自分をゲイだと認識した事はない。誓って言える。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん