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gambling game

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 踵を返した古泉を追うべく、慌てて椅子を蹴り立ち上がる。ガシャンと派手な音が後ろで鳴った。おそらくは勢いに負けて椅子が床に倒れたのだろうが、そんな事を気にしてはいられない。限界まで腕を伸ばして古泉のそれを思い切り掴む。初めて触れる奴の腕は、どちらかというと繊細な造りの外見とは裏腹に、骨太でしっかりとしていた。
「なんでしょうか」
 なんでしょうかじゃねえよ馬鹿野郎。さっきの爆弾発言はなんなんだ。約束なんてどうでもいいから、簡潔に且つ俺にも解るような言葉で説明しろ。
 ――と、このように脳内では古泉を言及する言葉が雪崩をうって湧きあがっているくせに、俺の声帯は今の所そのうちの一つですら音として変換できないでいる。
 原因はただ一つ。俺に腕を掴まれ振り返った古泉が、完璧なまでに綺麗な笑みを顔面に貼り付けていたからだ。その表情は、俺からの言葉を一切拒絶しているように見えた。
 腕を掴んだまま黙り込んでいる俺に対して、古泉もまたなにも言わない。それどころか、微動だにすらしない。ただひたすらに微笑んでいるだけである。
「……いや、なんでもない」
 結局俺は、無言で与えられる圧力に屈した。握り締めていた腕を解放する。俺が力を入れていたせいだろう、古泉の色白の肌は僅かに赤く染まっていた。
「そうですか。ならば僕はこれで」
 礼儀作法の指南書にでも載っているような理想的なまでにスマートな会釈をし、古泉は足早に部室を出ていった。
 パタンという素っ気無い音を立てて扉が閉まるのを見届け、更には奴の足音が完璧に聞こえなくなるまで呆然とその場に立ち尽くしてから、俺は思い出したように扉に背を預け、ずるずると床へ尻をついた。冬場なのもあって床は氷のように冷えており、当然の反応として俺の尻は寒いと悲鳴を上げたが、それを慮る余裕もない。
「なんなんだ、あいつは……!」
 思わず体育座りなんてして、頭を抱え込んでしまう。
 取り合えず、少し整理してみよう。こうも情報が脳内で散乱した状態じゃ、まともに物も考えられん。
 確かに、常日頃の古泉の俺に対する言動は、友人同士のものとして括るには微妙すぎる場合が多かった。やたらと顔は近いし息は多いし、冗談にしては厳しいような言葉も多々見られた。しかもそれら全てが俺限定仕様なのである。
 だが俺は、それらの行動を丸ごと全部冗談だと思っていた。もしくは古泉流のコミュニケーション手段である、と。
 だって考えても見ろよ。顔良し、頭良し、運動神経良し、ついでに性格も悪くない男が、取り立てて何が良いわけでもない極々ノーマルな男である俺に惚れているだなんて、普通想像がつくだろうか。例えちらっと思ったとしても、普通は自分の自意識過剰を恥じて終了だろうね。まさに俺がそうだったからな。すまん、あの時の俺。どうやらお前の場合は自意識過剰ではなく、真実だったらしい。
「う、わ!」
 俺が過去の自分へ真摯に謝罪をしていると、不意に胸ポケットに収めていた携帯電話がぶるぶると震えだした。なんなんだ急に。驚いて情けない声を出しちまったじゃないか。
 この部室に誰も居なかった幸運にちょっとばかり感謝をささげながら、折りたたみ式の携帯を広げる。差出人はハルヒだった。件名は『本日は活動終了!』である。この段階でメール内容の大方が察せられたのだが、相手がハルヒなだけに、どんなトンでも発言が紛れているか解らない。ちょっとした労力を面倒がって馬鹿を見るのは遠慮したかったので、俺は素直に本文を開いた。以下、内容。

『みくるちゃんの衣装を見繕ってたら遅くなっちゃったから、あたし達はこのまま直接帰るわ。あんたが鼻の下伸ばして喜びそうな衣装を見つけてあげたから感謝しなさいよね!』

 どうやら俺の考えは杞憂だったらしいな。特に突拍子のない内容が記されてるわけでもなく、何かあるとすれば、俺が鼻の下を伸ばすほど喜ぶらしい衣装の詳細が気になるぐらいである。適当に了承した旨を伝えるメールを打ち、携帯を閉じた。それからひとつ溜息を吐く。
 ハルヒのメールのおかげで、古泉ショックの混乱からは少し脱する事が出来た。埃で汚れた尻を軽く叩きながら立ち上がる。
 とりあえず、一つ解ったことがある。俺がここでぐだぐだと無い頭を使って悩んだ所で、全ての鍵は古泉が握っているのだという事だ。あの発言の真偽から、例えあれが本当だとしても何故に一方的に告げるだけで逃げたのかなどなど、端から端まで解らないことだらけである。こんな情報の少ない状態で考え込んだところで、思考は無意味なループを繰り返すだけで、まったく無意味としか言いようがない。先ずは古泉の野郎をとっ捕まえる。話はそれからだ。古泉はどうもこれ以上話を追求してほしくないようだが、そんな事は知ったこっちゃない。
 取り合えずではあるが暫定的な結論を導き出した俺は、先程蹴倒した椅子をきっちり定位置に戻してから、鞄を引っ掴んで一人寂しく帰路についた。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん