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gambling game

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 さて、時間は流れ、翌朝。
 部室を出る前に結論付けた事をすっかり忘れたらしい俺の脳みそは、家に帰ってからもエンドレスで古泉の発言及び態度についての考察をやめなかった。おかげさまで俺の身体は、切実なまでに睡眠不足を訴えている。なにせ妹が起こしに来てもすぐには覚醒できず、布団にしがみついて無駄な足掻きをみせたぐらいだ。恥かしくて他人には見せられん醜態だな。
 それでもしかし学校に行かねばならないというのが高校生たる俺の悲しき宿命である。今日がテスト返却期間で早帰りである事が不幸中の幸いだ。SOS団の活動はあるかもしれんが、何時もより遅いという事はあるまい。
 そんな風に自分を励ましてから、朝食もそこそこに、眠いばかりをエンドレスで繰り返す頭を宥めつつ俺は学校へと赴いた。
 登校途中にでも古泉と出くわしたらと心配していたが、そんなベタ展開は幸いにして発生せずに、俺はつつがなく放課後までの時間を過ごす事が出来た。どうやらハルヒは俺が寝不足である事にすぐ気付いたようで、怒り顔と呆れ顔を混ぜた表情でどことなく心配そうな声を掛けてくるという器用な芸当を幾度も披露してくれた。挙句には今日は団活動に出ないで帰れとまで言われたのだから驚きである。明日は雹や霰が降るかもな。今から覚悟しておくか。
 しかし放課後、俺はせっかくハルヒからの有り難い言葉をもらったにも関わらず、普段通り文芸部室へ足を向けていた。
 いや、俺だって本当は休みたいさ。正直な話、授業中にあれだけ寝たにも関わらず眠気はいまだにマックス状態だし、いつも使っていない頭を酷使しているせいか頭痛までしてきた始末だ。まったく嫌になるね。
 しかし俺はどんだけ体調が悪かろうが、この状況を生み出した原因といえる似非超能力者をひっ掴まえて昨日の事について問い質さねばならないのである。じゃなきゃまた、今日も不眠に悩まされる事になりかねんからな。健全な青少年としては、二日連続で睡眠不足は避けたい。
 思案に暮れながらも足は勝手に文芸部室に到着し、俺は何気なく木造のぼろくさい扉を開けた。
「っひ! きゃあああああああ!」
 ノックを忘れたのに気付いたのと、朝比奈さんの絶叫を聞いたのはほぼ同時だった。
「うわあああ! す、すみません!」
 慌てて扉を閉める。過失とはいえ、今回もばっちり見てしまった。朝比奈さん、本当に申し訳ありません。それにしても白、お好きなんですか。
 勝手に頬へと熱が集まっていくのを感じて、背にしたドアに寄りかかりながら気を落ち着けるべく深呼吸を繰り返していると、遠くから足音が聞こえてきた。誰か来たみたいだな。少なくとも足音の大人しさから、ハルヒではない事は確かだ。そうなると、長門か古泉か。
 まだ若干熱い頬を軽く叩きながら、足音の主を確かめるために視線を投げる。そこにいたのはすらりとした長身のハンサム男、つまりは古泉一樹であった。
「…………よう」
「こんにちは。あなたが此処にいるという事は、中では朝比奈さんが着替え中ですか?」
 いざ会ってみるとどう声を掛けたもんか解らず、逡巡の末に俺は極めて素っ気の無い挨拶を選んだ。我ながら愛想がないな。
 古泉といえば、そんな俺の様子を意に介すどころか、まるで昨日の事なんでありませんでしたというようにいつもと変わらない様子である。正直なところ拍子抜けだ。少しは焦ったりだとか困ったりだとか、そういったリアクションがあると想定していたんだがな。本当に気にしていないのか、それともお得意のポーカーフェイスなのかまでは解らない。内心では大いに戸惑いながらも、ひとまずは俺も古泉が打っているだろう芝居に乗ってやる事にした。
「ああ。入るなよ」
「勿論。あなたほどではないかもしれませんが、僕も朝比奈さんに嫌われたいとは思いませんからね」
 肩を竦めながら古泉が冗談めかして言う。本当にいつもと変わらんな。まさか実は昨日の事は丸っと全部夢でしたとかいうオチじゃないだろうな。ハルヒが妙な本でも読んで影響を受けた、とか。ありえそうで怖いな。
「そういや、お前のクラスはテスト返って来たか」
「ええ、ちらほらと」
「結果は?」
「良くも悪くもない、というところでしょうか」
「お前のそれは良いとイコールだと思うがな。……俺もなんとか赤点は免れた。不本意だが、ハルヒとお前のおかげだな」
 俺はテスト前にハルヒ命令によって、古泉に数学と生物を教わったのである。ちなみに他の教科はハルヒが担当していた。その時のエピソードならば涙なくして語れないようなものもいくつもあるのだが、この話はまた別の機会にしておこう。
「そうですか。それは良かった」
 ここで俺は、遅まきながらも重大な事に気付いた。
 古泉の態度が妙に余所余所しいのである。会話となればバッチリ目を合わせてきて、ついでに顔まで寄せてくる事もあるのが普段の古泉だ。
 だが、今はどうだ。顔が遠いどころか視線も合わせやしない。お前な、幼稚園のときに先生から『人と話すときは目をちゃんと合わせましょう』って習わなかったのか。習っていないならそれは先生にも過失はあるが、習っていて忘れてるないしは意図的に無視しているなら、全面的にお前が悪いぞ。……まぁ昨日あんな事を言った相手と向かい合って話せというのも難しい話だろうけどな。
 とにかく、この古泉の態度で、やはり俺が体験したあの嘘のような告白劇は真実であったことが証明されたわけだ。しかもこの様子じゃ、冗談という線すら危うい。できる事ならお前から「昨日の事はすみません。冗談が過ぎました」みたいな発言が来る事を期待してたんだが、そういった言葉が出てくる気配もない。
「古泉」
「なんでしょうか」
 相変わらず、カメラに撮って適当な事務所にでもプロフィール付きで送りつければ即アイドルとして起用されそうなほど完璧な笑顔である。一見すると優しそうに見えて、その実はやんわりと他人を拒否しているところなんか、いかにもだな。
 薄々気付いてはいたが、要するにこの馬鹿は、昨日の一件を完璧に無かった事にしたいわけだ。しかし、人間そんな簡単に記憶を消せるわけがない。
「昨日の事なんだがな」
 試しにざっくり直球な言葉を投げつけてみると、気色悪いアイドルスマイルを顔面に張りつけたまま僅かに首を傾げて此方を見下ろしていた古泉の表情が僅かに引き攣った。すぐに笑みを立て直したのはさすがだな。
「……昨日、ですか。一概に昨日と言われましても、高校生の他愛の無い一日とはいえ、色々な出来事がありましたからね。あなたが指す『昨日の事』というのは、なんの事でしょうか? 僕個人の意見としては、あなたと議論が必要な事はなにも無かったように思えますが」
 お前こそ日本人の鑑だと褒め称えたくなるような、これまた遠回しな拒絶の言葉だ。しかし『俺と議論が必要な事は無かった』とくるか。俺としちゃ、あれほど言葉を重ねる必要性を感じた問題は無かったんだけどな。
 さて、ここで俺の前に二つの選択肢がそびえ立った。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん