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gambling game

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「あたしを誰だと思ってるの? SOS団の団長として、あたしはいつだって、世界を大いに盛り上げるべく日々様々なことを試みているわ」
 それはまたご苦労な事だ。せいぜい俺の胃が痛まない程度の試みに留めておいてくれ。そのほうが確実に世界も喜ぶだろうからな。
「あんたも具合悪いんならさっさと帰りなさいよね馬鹿キョン。大切な撮影会を休んだりしたら承知しないんだから!」
 勢いよく指を至近距離で突きつけられ、思わず半身をのけぞらせる。こら、人を指さすんじゃありません。
 俺の良識溢れる言葉を鼻で笑い飛ばすと、ハルヒは黄色いリボンを揺らして颯爽と帰って行った。何気なく時計を見てみると、ハルヒがやってきてからまだ三十分も経っていなかった。まさに嵐のような女だ。
「……あなた、寝不足なんですか?」
 さてこれからどうしたものかと考えていると、唐突に言葉が飛んできた。
 ぱちりと目を瞬かせて、声の主である古泉に視線を向ける。そういやこいつ、ハルヒが着てからもほとんど口を開いてなかったな。
「俺に聞いてるんだよな」
「ええ」
「それなら、イエスだ。自慢じゃないが、今日は二時間ちょいしか寝てないぞ。今起きてるのは奇跡としか言いようがないな」
 奇跡と言葉にした瞬間、意図的に意識の外にやっていた眠気が僅かに戻ってきた。理性がとめる間もなく欠伸が零れだし、慌てて口元を手で覆う。エチケットであり間抜け面予防だ。世の中には2時間で活動できる奴もいるのかもしれんが、俺の体は少なくとも8時間は睡眠をとらねば正常に起動してくれないのである。
「……そうですか。今夜はゆっくり寝れると良いですね」
「出来ればそうしたいもんだ」
 古泉の曖昧な笑顔と言葉へ、俺はひどく投げやりな口調で応えた。
 俺達の会話が切れるのを待っていたかのようなタイミングで、長門がパタンと本を閉じた。長門が帰る時の合図であり、いつの間にか決まっていた帰宅の合図でもある。別に家に帰っても暇を持て余すだけなので残っても良かったのだが、俺もハルヒに倣って早々に帰宅する事にした。ハルヒや古泉に言われたからではないが、此処に残るなら家で寝てるほうが良いと思ったからだ。
「あ、私は着替えてから帰るので、キョン君たちは先に帰ってください」
 メイド服を軽く摘みながら朝比奈さんが言う。申し訳ないです朝比奈さん。お言葉に甘えてお先に失礼します。
 天使のような笑顔と共に軽やかに手を振る朝比奈さんに頭を下げて、俺は文芸部室の扉を出た。後ろから長門と古泉も続いてくる。
 それから暫く、俺達の間には石のように重たい沈黙が横たわった。廊下の床を叩く靴音やら校庭で気合たっぷりに叫ぶ野球部員らしき声やらが、やたらとでかく聞こえる。
 長門が無口なのは元からだから良いとしても、古泉までもが無言であるというのはなんとも気まずい。まるで解らない数学の問題を聞かれて教師どころかクラス中から答えを待たれている時に近い気分だ。心臓に悪い緊張感に耐えかね、思わず俺は反射的に当たり障りのない話題を探したが、出てくるのはお約束の天気関連の話題か、本題である昨日の事ぐらいだった。我ながら、己の引き出しの少なさを嘆くばかりである。
 結局その状況が打破されたのは、それから数分後であった。ちょうど、重たい沈黙を引き摺りながらも校門へと差し掛かった時だ。沈黙を破った勇気ある英雄は、俺でもなければ古泉でもない。
「私は此処で貴方達と別れる」
 突然長門が足を止めて、口を開いた。俺も古泉も思わず釣られて脚を止める。見てみれば、長門は何時もの帰り道とは逆の方向に向かおうとしているようだった。なんだ、知らない間に引越しでもしたのか?
「私の住居は以前と変わっていない」
「それなら何で此処で別れるんだ?」
 長門には失礼であるが、友達と放課後遊ぶ約束をするようなタイプには見えん。
「説明するなと言われている」
 長門が小さく首を横に振った。説明するなって、誰にだよ。
「言えない」
 じゃあ、これから何処に行くんだ。
「それも、言えない」
 とすると、とどのつまりお前は、その誰かさんに、俺には何も言うなといわれたのか。
「正確には、貴方達」
 長門が順々に俺と古泉を見ながら言う。なるほどね、少なくとも誰にされた命令かは予想がついた。あいつはまた何を企んでいるんだかな。
「それじゃあ、また」
 俺が思考へと意識を逸らせたわずかな間に、長門は短く別れの言葉を告げ、俺達へとくるりと背を向けた。
「お、おい長門!」
 反射的に声を掛ける。まだお前には聞きたいことがあるんだぞ。どうせ一番心労をこうむるのは俺なんだ。災厄の予言ぐらいあったっていいじゃないか。それに何より、今このタイミングで古泉と差しはきつすぎる。だから頼む神様仏様長門様、今日ばかりは帰ってくれるな。
 しかしそんな俺の思いを知ってか知らずか、長門は一応ちらりと振り返ったものの、機械のように正確なリズムを刻む足取りをとめはしない。そしてそのまま、曲がり角を右折して去っていってしまった。
「……取りあえず、行きましょうか」
「そう、だな」
 呆気に取られて長門の消えた路地を眺めていた俺達であったが、先に正気へと立ち返った古泉が、無難であり建設的でもある提案をしてきた。勿論、俺に否やがあるわけもない。憂鬱そうな顔を揃ってぶら下げながら、俺達は駅へと向かう道を歩き始めた。
 話したい事はそれなりにあるのだが、どう切り出して良いかが掴めずに、俺は唇を結んだままで所在無げに空を見上げた。天気予報のお姉さんが朝方言っていた通り、空には灰色の雲が偉そうに腰をかけている。一応お姉さんいわく雨は降らないというが、空色を見る限りは果てしなく怪しいように見えた。気のせいか、雨が降る直前特有の匂いすら感じる。
 これはやっぱり雨降りそうだな。
「そうですね」
 内心で呟いたつもりの声に返答がきた。目を丸くして古泉を見やる。いつのまに地域限定型超能力者から万能型に進化したんだ。
「別に僕の能力が変化したわけではありません。貴方が声に出していただけですよ」
「……どこからだ?」
「これはやっぱり、からです」
 どうやら全部声に出してしまったわけじゃないらしいな。いくらハルヒのやつに日本国民であれば誰しもが得られる諸々の権利の大半を無視されつつある俺とはいえ、せめて心のプライバシーぐらいは死守したい。
「……天気予報じゃなんとか持つって言ってたのにな」
「降水確率もさほど高くありませんでしたね。……もしかしたらこれは、涼宮さんの感情が表れているのかもしれませんよ」
 どこか自嘲気味な雰囲気を滲ませた笑みを浮かべながら、古泉がそんな事を言い出した。
 ようやく喋ったと思ったら、そこでなんでまたハルヒなんだ。本当にお前はこの世界の森羅万象とハルヒを結び付けたがるな。
「彼女がこの世界における神だと思えば当然の理論でしょう。彼女は心配し、不安に思っているわけです。ああ勿論、その対象は貴方ですよ。彼女の感情を大きく揺さぶる出来事は……まあ大半は貴方が絡んでいるといって差支えがありませんから」
作品名:gambling game 作家名:和泉せん