gambling game
久し振りに古泉の長台詞が炸裂したが、それを素直に喜べる気にはなれなかった。どこぞのゲームのように、人差し指でも突きつけて「異議あり!」と叫んでやりたい部分が満載すぎる。なんでこいつはハルヒの機嫌やら何やらをいちいち俺に絡めるんだろうね。
俺は心なしか痛んできた頭を抑え、深く溜息を零した。
「俺は別にハルヒが心配するような行動をした覚えはないぞ」
「貴方、寝不足だといっていたでしょう ?」
「それがなんだ。まさか心配の原因はそれだとか言うんじゃないだろうな」
「そのまさかですよ。涼宮さんは、貴方が珍しく体調を崩していたことを心配してらっしゃるんです」
真顔で古泉がそんな事を断言する。
おいおい、幾らなんでもそれはないだろう。大袈裟すぎる。寝不足程度でそんなに心配してたら気が持たんぞ。
「人間誰しも、好きな相手の事は必要以上に気になるものです。機嫌が良ければ理由が気になるでしょうし、体調が悪ければ酷く心配してしまう。涼宮さんも例外ではありませんよ」
だからお前は根本的に勘違いをしているんだ。確かにハルヒは俺の事を嫌ってはないだろうが、これっぽっちもそういった感情で俺を見ちゃいない。勿論、言うまでもないが俺もハルヒをそんな風に見た事はない。
「そういう事にしておきましょう」
肩を竦めて古泉がそう話を纏めた。目の前には妙に距離の長い信号が横たわっている。ここを渡って駅に着けばそこで解散だ。時間にすれば三分もない。だからこそ古泉も話を纏めにかかったんだろう。俺としてもこんな話題がエンドレスで続かれても困るので、反論は胸のうちにしまっておいた。また此処から無言タイムが始るにしても、堪えられない距離ではないしな。
そんな事を考えているうちに信号が青になったので、俺はさっさと歩き出した。一拍遅れて、古泉も足を動かす。
「そういえば」
普通ならば聞き逃してしまいそうなほど小さな声だったが、周りに俺達以外の人がいなかったおかげか、俺の耳は奇跡的にもそれを拾い上げた
「貴方の寝不足なんですが、……やはり、僕のせい、でしょうか」
一歩分後ろの距離で、古泉が呟くように尋ねてくる。
「やはりも何も、それ以外に何があるんだ」
今更に感じられる問いへ、俺は素っ気無く言葉を返した。
幾ら成績不振が日々深刻化している俺とはいえ、通知表の1が怖くて寝れないなんて馬鹿な事はあるわけがない。谷口じゃあるまいし。
「……すみません」
やたらと辛そうな声で、古泉がそう謝罪する。
「自分勝手な行動だった事は、十分承知しています。幾ら謝罪した所で貴方の記憶が消えるわけではない事もです。同じ団に所属しているだけならまだしも、男という性別を同じくした者に告白されるなど、気色悪いだけだとは思います」
「古泉」
「ですがこれだけは信じてください、僕は、貴方との関係を、今のこの……友人関係以上に進ませたいとは思っていません」
低く早口に話す古泉の声は、今までどんなシリアス時に披露した声音よりも切羽詰っているように聞こえた。
「……それならなんで、告白なんて真似をしたんだ?」
真上にある『光陽園駅』と書かれた看板を一瞥してから、俺は古泉へと向き直った。
時間が半端なせいかそれとも電車がちょうど出たばかりなのか、改札前だというのに依然として周りに人の姿はない。男二人で少女漫画のシリアスシーンみたいな会話を交わすには打ってつけのシチュエーションである。
「いたって簡単な話です。僕が自分を抑えきれなくなったというのもありますが、一番の理由は貴方に断っていただくためですよ」
「……なんだって?」
薄らと自嘲の笑みを載せて、古泉がどこか投げやりな調子で言った。お前、その顔ハルヒに見せてやれ。絶対に驚いて、退屈どころじゃなくなるぞ。少なくともその場はな。
対する俺といえば、若干思考を現実逃避させつつも、なんとか古泉の暴投としか言いようの無い言葉をキャッチしてみせた。とは言っても問題は此処からだ。
「貴方に断っていただくためです、と申し上げたんです」
「意味が解らん」
断られるために告白する奴なんて普通は居ないと、俺の数少ない恋愛常識が主張しているんだが。
「それでは今日からその認識は、改めていただかなければなりませんね」
古泉は口調だけは冗談のように、そのくせ表情はありったけの自嘲を込めてそう言った。ああくそ本当に意味が解らん。
「それじゃあつまり、お前は俺に……振られたくて、告白なんて真似をしたのか?」
「そういう事になります。男性から男性への求愛が成功する確率は限りなく低いですし、それに加えて朝比奈さんへの貴方の態度を見ていれば、貴方がゲイではないことぐらい解りますからね。確実に貴方は僕の告白を拒絶するだろうという想定の元で、あのような事を言わせていただきました。……だからこそ、貴方からその事を追及してきた時には驚きましたが」
当たり前の事を聞かれたかのようにさらりと肯定してくる。
なんかぐだぐだと根拠を述べているが、纏めてしまえばこいつは初めから俺に振られる事を前提に告白してきたわけで、俺からの返事なぞ期待もしていなかったと。そういうわけだよな。
まあ確かに、同じ部の部員――あらため、団員の男に告白して承諾を得る確率なんて、それこそ長門が熱出してぶっ倒れる確率並だろう。俺だって返事を求められたら心底困ったに違いない。
俺の理性はその理論で十分に納得していたが、感情の部分は違った。驚くべき事に、俺は古泉へ怒りを覚えていた。
振られる事を前提にしていたという事は、それすなわち、古泉はまるっきり俺の意思なんてものは端から無視していたという事になるんじゃないか? そりゃ確かに、常日頃主にハルヒ辺りから迫害されてはいる俺の意思であるが、それでも許せるものと許せないものというのはある。
古泉は口では俺の事を好きだなんだという割りに、まったく俺の事を見ようとしていないわけだ。これだけ失礼な話があってたまるか。
「お前は本当に馬鹿だな」
「自分でもそう思います」
端的に俺の心情を吐き出してみたところ、予想外にも古泉本人から同意が返ってきた。
「よりにもよって『鍵』である貴方に恋をするなんて、『機関』のエージェントとして失格です。上に知れたら面倒な事になりそうですよ」
俺へ言っているというよりも、寧ろ自分へと投げつけるような口調で、古泉はそう呟いた。自嘲と憂いと悲愴辺りを足して割ったような表情である。
しかし、古泉よ。お前はまた勘違いしてるな。
「俺は別にそんな意味で馬鹿だって言ったわけじゃない。『機関』のエージェントだとか『鍵』だとか、そんなものはこの際どうでもいい」
少なくとも、俺にとってはな。お前にとっては違うのかもしれないがそれも含めて知ったこっちゃない。
「な……」
古泉、見事な絶句である。俺の発言はかなり古泉には衝撃的だったらしいな。
取りあえず、なんとなくだが古泉がなんで『玉砕前提の告白』なんていう、漫画の世界でさえ見ないようなアホらしい真似をした理由が見えてきた気がする。要は全ての原因は今の発言にあるわけだ。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん