折原臨也の純情
また完全にデスクの下にもぐりこんでしまった雇い主にめまいがする。
まともな感性を持ち合わせてないおかげで、今まで碌な青春を歩んでこなかったこの情報屋は、自分の感情に対して耐性がなかった。
人間を愛するが故に誰かに恋することもなく、人間の感情が見たいが故に誰かにのめりこむこともなく――初恋に怯えた。
「とにかく告白でもしなきゃ進まないじゃない。このままだと不審に思われるだけよ?」
「わかってるよ。でもそれで振られたら波江さん責任とってくれるの?」
「冗談じゃないわ」
少しだけ臨也の声が震えているのが、哀愁をさそう。
どうしようもない馬鹿を見ていると、あわれ過ぎてフォローしてやりたくなってしまうものだ。
ちなみに波江にとって臨也の初恋が叶うことは、同時に愛すべき弟と引き離されることになった帝人へのいい復讐だった。
(こんなやつに付きまとわれて苦しめばいいわ)
だから臨也の応援をしたい、という気持ちもあるのだが、それ以上にウザさが半端なかった。
波江の基本姿勢はいつだって『誠二以外どうでもいい』である。
「あぁぁ帝人君・・どうしよう今日行けなかった・・・・あのクライアントは後で破滅させてやる。こんなときに緊急依頼とかふざけんな」
「せいぜい頑張るのね。私はもう上がるわよ、お疲れ様」
「ああお疲れ。俺も盗聴しないと・・明日にはカメラ仕込みにいこうかなぁ」
初恋が歪んでいる――いや、感性が歪んでいるだけで、初恋の心自体はまともなのかもしれないが。
ズルズルとデスク下から這い出してパソコンに接続し始めた臨也にため息をもう一つ。
(このまま仕事が手につかなくなったら、私の身まで危ないわね――竜ヶ峰帝人に復讐も兼ねて、あいつの世話を押し付けるいいチャンスかしら?)
美貌の情報屋の、美貌の助手は、罪のない男子高校生を貶める方法を考えつつ、夜の街へと繰り出していった――。