折原臨也の純情
「でもこれで振りだしかぁ」
セルティと静雄がダメとなると、残りはワゴン組かサイモンである。
とりあえず居場所がはっきりしている露西亜寿司に向かって、帝人はまた歩き出した。
そろそろ夕飯時もすぎ、家へ帰る人々が群れになってきている。
人とぶつからないように、間を縫うようにして露西亜寿司に向かっていた帝人の目に、狩沢と遊馬崎の姿が映った。
「狩沢さん!遊馬崎さん!」
「あ、みかぷーだ!」
「こんばんはー」
立ち話をするような2人の体勢だったが、その手には相変わらずの文庫本。
足元にも紙袋が置かれており、閉じられていない口からはこれまた大量の本が見えた。
「買い物帰りですか?」
「今月の新刊よー。待ちきれなくってここでちょっと読んじゃうことにしたの!」
にこにこと笑う綺麗なお姉さんが握りしめているのはBL本だったが、そんなところはスルーして例の疑問を帝人は投げかけた。
すると狩沢の「臨也とは会ってはいないが見かけた」という答えに
「いつですか?」
「うーん3日前ぐらいかなぁ。すごいスキップしながらサンシャインの近く歩いてたけど」
「す、すごいスキップ・・・」
「すごいスキップ」
思わず問い返す帝人に、うんうんと頷きながら真剣な表情で返す。
この時点で少々やる気がそがれた帝人だったが、セルティを犠牲に情報収集を行っているのだ。
(せめて機嫌がいいのか悪いのかぐらい結論付けたい!)
「じゃあ機嫌いいってことですよね?」
「すごいスキップの人間が機嫌悪いとかやだなぁ~」
「ドタチンなら関わるなって言うわね」
「ってことはやっぱり噂は嘘なのかな。なんでそんなことになってるんだろう・・」
すると狩沢はポンっと手を打った。
「狩沢さんその表現古くないっすか?」
「これはスタンダードなの!っていうかみかぷー!それって恋煩いじゃない!?」
え・・・という帝人の、怪訝+困惑+冷たい視線を物ともせず、ぐっと拳を握りしめた。
遊馬崎の「スイッチ入っちゃったー・・」という囁きの上から、力強い言葉がかぶさる。
「ネット上では不機嫌という噂、これを本当だとすると、池袋に来た時だけ機嫌がいいってことになるじゃない?そしてイザイザと池袋、といえばシズシズよ!シズシズ!!」
「はぁ・・静雄さんには先程会いましたけど・・・・」
「つまりあれよ!遠く離れているときは、相手のことを想って、会えない時間を恨めしく感じる!だから機嫌悪くて、池袋にきてシズシズに会えるイコール機嫌がいい!どう!?」
「どう、と言われましても・・・」
完全に勢いに押されている。
実際ずんずんと迫ってくる狩沢に押され、背筋が軽くのけぞっている。
「でも静雄さん、さっき臨也さんの名前出したとたんキレましたけど・・・」
「だからイザイザの片思いなんじゃない!だからより機嫌の浮き沈みが激しいのよ」
うーんと帝人は考え込んでしまう。
何しろ色眼鏡を通さずに臨也と静雄の関係を見れば、ただ仲が悪いようにしか思えない。
が、その状況も別の側面から見れば
(臨也さんが片思い・・・?)
だがその言葉自体が、もうすでに胡散臭い。
(でも臨也さんだしなぁ・・実は好きだから嫌いっぽく振るまってる可能性も、完全にないとは言えない気がする・・・)
臨也が聞いたら号泣ものの考えだった。
だが当然臨也の心などこの場にいる誰も知らない。
「わかりました・・ありがとうございます。参考にさせてもらいます」
「じゃんじゃんしちゃって!何か面白そうな話あったらまた聞かせて頂戴!」
「あんまり狩沢さんの話鵜呑みにしちゃダメっすよー?」
「ちょっとゆまっち!」
ケタケタと笑い合っていたが、すぐに2人の視線は手元の本へと戻った。
もう一度軽く礼をすると帝人はその場を後にした。
+
サイモンのところへ行こうかと思ったが、そろそろ人に絡まれやすくなる時間帯だった。
それでなくても帝人は線が細く気弱そうに見えるので、カモられやすい。
(今日のところはこんな感じでいいか・・明日もし臨也さんが来たらもう直接聞いてみようかな)
そう考えながら帰路についた帝人に、背後から声がかかった。
「竜ヶ峰帝人。ちょうどいいところで会ったわ」
「え?」
振りかえるとそこにいたのは、いつか自分が追い詰めた女性。
「矢霧・・・波江さん?」
「えぇ。久しぶりね」
「お、おひさしぶりです・・・・」
ちょっと引け腰になる帝人に構うことなく、波江は腕を組み言葉を続けた。
「あなたに言っておきたいことがあるのよ。折原臨也について」
「臨也さん?」
(そうだ、助手やってるんだっけ・・・何かわかるかも)
こっちにしてもいいタイミングだ、と聞く姿勢に入った帝人を見て、波江は心の中で雇い主の情けない姿を思い出しため息をつきそうになった。
最近は『帝人君、帝人君――』とうるさいことこの上ない。
こんなガキのどこがいいのかしら、と内心呟きつつ波江は口を開いた。
「恋をしているのよ」
「・・・は?」
帝人の『何言ってるのこの人』という視線に、殺意が芽生える。
同時に恥ずかしくなってくる。
「あいつ、片思いしてるの。だから最近病気なのよ。前から馬鹿だったけど、それに輪をかけておかしくなってるの」
「か、片思い!?ホントですか!?」
「嘘でこんな・・・・こんな馬鹿こと、言わないわよ・・・・」
「あ、すみません・・・」
ふぅーー・・っと長い溜息を吐くと、波江は踵を返した。
「伝えたわよ。じゃあ後は頑張りなさい。ちゃんとあの馬鹿の面倒みるのよ」
「あ、ありがとうございます・・・?」
一度もこちらを振り返らずに去っていく女性の背中を眺めたまま、帝人はポツリとつぶやいた。
「臨也さんって・・・ホントに静雄さんに片思いなんだ」
この時点で、帝人に訂正をできる人間は、いない―――