折原臨也の純情
そして話は翌日へ移りかわる。
(不幸だ・・・・)
むしろ「絶望した!」と街中だろうがどこだろうが叫び出したい気分だった。
フラフラと覚束ない足取りで池袋の街を徘徊しているのは、件の片思い男、折原臨也だ。
彼がこんな状態になっているのには理由がある。
抜粋するとこうだ。
『臨也さん・・・僕、誤解してました。静雄さんのことそんな好きだったなんて・・・応援しますから、頑張りましょうね!』
人は衝撃もすぎると逆に声も出なくなるのだ、ということを臨也は初めて知った。
帝人の家からどうやって出てきたのかも覚えていない。
もはや帝人のセリフを思い出せるのが奇跡だった。いや、むしろ覚えていたくなかった。
(待て待て待て・・なんでそんなことに?いや、シズちゃん?え、何のこと?好き?好きってなに、おいしいの?)
裏路地の隙間に入ると、肩が壁にぶつかった。
そのままズルズルとしゃがみこむ。
人通りのないその場所で、臨也は考えをまとめようと頭を抱えた。
(そうだ、カメラを設置し終わって、帝人君が帰ってくるのを待って、帰ってきて、帰って・・きて・・・)
+
「はぁ・・・また来たんですか、臨也さん」
「おかえりー帝人君。昨日来れなかったからねー、お詫びのケーキだよ!」
「ケ、ケーキ・・・!」
鬱陶しいとばかりに細められていた目が、ぱぁぁっと音を立てるようにして歓喜に開かれる。
甘いものが特別好きというわけではないけど、苦学生にとってお菓子のような嗜好品はそんなに毎日食べたりできるものではない。
帝人も贅沢ができる環境にいるわけではないため、久しぶりのケーキに思わず顔がほころんだ。
「うんうん。たーんとお食べ」
「はい!ありがとうございます。臨也さんは良い人ですね」
良い人は人の家に盗聴器やカメラなど設置しない。
そんなことを知らない帝人は、
(人の家に不法侵入する胡散臭い人だけど、たまにはいいことするよね!)
と考えていた。あまり良い評価じゃなかった。
当然臨也にも帝人の心はわからない。
その嬉しそうな表情を見て(やった俺、さすが俺)とひそやかにガッツポーズを取っていたが。
さっそく取りだしたケーキをパクついている帝人の姿にデレデレだった。
帝人君可愛い可愛い・・という思いが心の半分ぐらいを占めていたが、もう半分でカッコいい自分を見せたいという意識が働いているので、顔を崩れさせてはいなかったが空気はピンクモードだ。
敏い人なら臨也の想いに気付くレベルだったが、ここにいるのは恋愛数値の低い帝人である。
臨也の不穏な空気に気付くそぶりもなく、ひたすらにケーキを消化していた。
「美味しいかい、帝人君?」
「はい。臨也さんって時々優しいですよね」
「時々?まさか、俺はいつだって君に優しいよ!もっと優しいこと手取り足取りしてあげてもいいけど?」
チラリと上目遣いに見る帝人の視線に、背筋がぞわぞわとする。
今すぐに抱きしめたい、可愛がりたいという想いと、ここで嫌われてすっきりさっぱりさようなら!なんて事態にしてたまるか、という強迫観念のような怯えとで、恋に耐性のない臨也の精神はかなり一杯一杯だった。
商売道具としても大活躍中の口八丁は、意識せずともベラベラと話し出していたが。
「もっと優しい・・・ダラーズにとって良い情報くれるとかですか?」
「・・・色っぽくないなぁ・・・ま、いいけどさ。もちろん俺はダラーズの情報屋だからね?王様の命令にはそれなりに従ってあげるよ?嬉しい?」
「はい、嬉しいです。臨也さんはいい人ですね」
「俺も素直な帝人君は・・いいと思うよ」
素直な帝人君が好きだ、と言いそうになったがギリギリのところで耐えた。
ここで好きだよと言って、「馬鹿ですか?」とか「気持ち悪いですね」とか言われたら、反射で飛び降りるかもしれない。
はははーと表面は軽く笑いながらも一挙一足に全身の神経を注いでいた。
「じゃあ素直ついでにこれも食べていいですか?」
「じゃんじゃん食べちゃってよ!俺そんなに甘いの食べないしさ、これ全部帝人君のために買ってきたんだから全部食べていいんだよ?」
「ありがとうございます!」
まだ箱の中に余っていたケーキを指さして帝人はにっこりと笑った。
その弾けんばかりの笑顔に、(もうこれって帝人君俺のこと好きなんじゃない!?)と考えるダメな大人がいた。
臨也は基本的に自分に自信がある。
やってる仕事(趣味)は確かに碌でもないし、その自覚もあるが、それを差し引いても顔や頭脳、身体面においてそこらへんの男には負けるつもりはない。
スタートラインが、そこらへんの『男』という時点で間違っているのだが。
「臨也さんってこうやってると普通っぽく見えますよね。お土産がケーキってチョイスも普通といえば普通ですし」
「俺にどういうイメージ持ってるわけ?人の家来るのに変なもの持ってきたりしないよ」
「いや、変なものっていうか、まずお土産持ってくる印象がなかったっていうか」
「・・・ま、帝人君にはお世話になってるからね。ダラーズとか」
「・・・・」
そこで帝人は、フォークを加えたまま上目遣いでじぃっと臨也を見つめた。
(ちょ、ヤバイヤバイなにその表情!他のヤツに見せたりしてないよね!?)
心臓が弾け飛ぶんじゃないかというぐらいに激しく脈打っているのがわかる。
顔が紅潮しないように必死に意識を逸らそうとするが、口からフォークを引き出す動きに目が釘付けになった。
「ダラーズ・・・チャットとかでもそうですけど、臨也さんはホントに非日常な人ですよね。そんな人が今ここでケーキ買ってきてくれて食べてる、ってやっぱり不思議です」
「・・・こんなので良ければいつだって買ってくるけど」
普段よりずっと大人しい臨也の様子に、いつもの帝人なら不審に思っただろうが、今日は別のことで頭が一杯になっていた。
ザクリとショートケーキのイチゴを突き刺す。
あーんとイチゴを口に運ぶときに、少しだけ舌が迎えに行くように出ているのが可愛らしいうえに
「(・・・エロい)」
「らんでふか?」
「・・・・なんでもない」
「?ところで臨也さん、ちょっといいですか?」
「なに?」
ケーキを食べてお腹いっぱいになった帝人は、今日の疑問をぶつけようと居住まいを正した。
その様子に、(何か大事な話・・?こ、告白とか!?)と臨也はズレた思考をしていたが、次の言葉で脳が吹っ飛ぶかと思った。
「臨也さんは、す、好きな人・・とか、いますか?」
「っき・・・っ!!!」
「・・き?」
(きたこれーーーーーーっ!!!)
告白フラグ!?告白フラグじゃないこれ、きた、きたぁっ!!と全力で心が叫んでいる。
ビシリと体が固まったおかげで、表情も凍りついており、帝人からは通常運転の薄い笑みを浮かべたままの姿しか見えていないことが唯一の救いだった。
臨也が誇るべきなのはその顔じゃなくてポーカーフェイスかもしれない。
微動だにしない臨也に対して、帝人はさらに言葉を続けていく。