折原臨也の純情
「えと、その、昨日はここに来なかったですし、誰かに会いに行ったのかなー・・とか。それって好きな人とかだったりするのかなーとか思ったりしたんです、けど・・・それで・・・・その好きな人って、池袋の人・・・・とか、だったり、なんて・・」
言いながら帝人は恥ずかしくなってきた。
7つも年の離れた男性の恋愛について尋ねているのだ、普通の高校生ならば冗談っぽく聞くところを、至極真面目に聞いてしまったものだから帝人としては居た堪れない。
顔を俯けて、膝の上で手を組んでは外すという動きを繰り返す。
その所作が臨也から見れば、自分に対して恥じらっているようにしか見えない。
なんだか感動で泣きたくなってきている。
恋をしてからの臨也の涙腺はかなり緩い。
思い返せば苦労したなぁ・・・と、ふと帝人のつむじを見ながら考える。
(やっと俺を愛してくれる・・・好き、そう、帝人君が好きなんだ)
そう思いながら帝人を見つめる臨也の目は、誰も見たことがないほど優しい光に満ち溢れていた。
+
「あなた、竜ヶ峰帝人のことが好きなのね」
本日の帝人君、と波江が心の中で名づけている、夕方に行われる臨也一人による帝人話をしていた時に、波江がぼそりと告げた。
何の感情も浮かんでいない、むしろ呆れているような波江の様子に、
「・・はぁ?何馬鹿なこと言ってるんだよ波江。俺が高校生の、しかも男を、好きになるとか本気で思ってるわけ?」
ハッと鼻で笑って両手を上げた。
そのまま椅子を半回転させると、先程までいじっていたものとは違うパソコンに手を伸ばす。
波江は知っている。そこにも竜ヶ峰帝人のフォルダがあることを。
そのフォルダの中には、ぎっしりと盗撮写真や音声データが保存されていることを。
まだ動画がないだけ救いだが、たぶんそれも時間の問題だった。
そこまでしておきながら、そんなセリフを言う臨也に、「呆れたわ」と声をかけた。
「じゃああなたは竜ヶ峰帝人が・・そうね、園原杏里とかと付き合ってもいいわけ?」
「良いも何も、あの子にはまだ付き合うとか早いよね。園原杏里に対する想いだってまだ憧れから抜け切れてないんだしさ」
「そのうち本気になるかもしれないわよ?そうしたら恋人になるまで一瞬ね」
「・・・ならないよ、そんなの」
横目で波江を睨みつける。
(あの子が園原杏里の恋人だって?笑えない冗談だ)
軽く下唇をかむ。どうして認められないのか、ということに臨也はまだ気づいていない。
書類を片付ける手を止めないままに、波江は話を再開した。
「なるかもしれないわよ。それにあの子は非日常が好きなんでしょう?それこそ、この池袋にはいくらでもいるじゃない。首なしライダー、ダラーズのメンバーもそう、黄巾族、罪歌・・・平和島静雄」
ダァンッと激しい音を立ててナイフが壁に突き刺さる。
髪を数本斬り落としていったそれに対して、波江は目線を向けることなく、静かに臨也を見ていた。
投げられたほうは落ち着いていたが、逆に投げたほう――臨也は顔をひきつらせていた。
ギリ・・と苛立ちに歯をこすれさせる。
凶悪な眼光に、今度は波江が鼻で笑った。
「ほら、嫌なんじゃない。あなたそんな風に感情見せるなんて・・怒りなんて、感じたことあるの?竜ヶ峰帝人のことをなんとも思ってないっていうならあの子が誰と付き合うとか、どうだっていいじゃない」
「よくない・・・っ、シズちゃんとか、マジでありえないから。ははっ、あの子は俺のだよ?俺の大切な玩具だ。俺がダラーズの王様に仕立てあげて、俺が遊んで、俺が可愛がってあげるんだよ」
「・・・信頼させて壊したいの?前にあなたがネット上で出会った女たちにやってたことね。同じ扱いがしたいの?」
「同じ?あんなやつらと?冗談じゃないよ、あんなどうでもいい人間と帝人君を一緒にしないでくれる?」
「それを『特別』というんじゃない・・・あなた、竜ヶ峰帝人が好きなのよ」
その言葉に臨也は反論できなかった。
むしろしたくなかったのだ。
反論してしまったら、今まで観察の一環として扱ってきた女たちと帝人を同列にするということだった。
優しい言葉をかけて、騙して、自殺に追い込んだり、信者にしたり、碌でもない扱いをしてきた自覚はある。
そうやって壊れていく人間の姿を見ることも楽しかった、人間が好きだった、色んな表情を、感情を見たかった。
だけど、帝人に同じことをする――?
(帝人君が、俺を好きだという。俺は優しく接してあげて、俺の言うことを聞くようにして、俺が死ねって言えば笑って死ぬようになる)
でもそうすれば帝人はもう帝人ではない。
(意外と毒舌家で、慣れた人間にはそんな一面を見せて、時々見せてくれる満面の笑みが可愛くて、臨也さんて呼んでくれる声が好きで、いつだってその姿が見れたら声が聞けたら、って・・・・)
波江が、帝人が静雄と付き合うと言った瞬間目の前が真っ赤になったようだった。
無意識のうちにナイフを投げていた。
気付いたのは壁に突き刺さった音を聞いた時だった。
ぼんやりと壁に生えたナイフの柄を見つめる。
冷たいナイフの刃――刀の刃・・園原杏里。帝人と杏里の付き合う未来。
(俺を、見てくれない、未来・・・?)
「やだ・・・そんなの嫌だ。帝人君は俺と・・・・俺と、一緒じゃないと・・・」
「・・・その思考を、世の中では好きっていうのよ」
「好き・・・俺が・・・・俺は、帝人君が好き・・・・」
言葉に出すと、それはストンと心に落ちてきた。
心の中に帝人の名前と、好き、という感情が合わさる。
帝人が笑って、臨也の名前を呼んで、きゅっと抱きついてきてくれる様子を想像しただけで、涙が出そうだった。
幸せすぎて。
「な・・・・波江!」
「え、な、何よ?」
「ど・・どどどうしよう!?おれ、どうしよう!?お、俺、え、す、好きだ!!」
「・・・・・前から知ってたわよ」
「ダメだ!なんか、は、恥ずかしい!どうしよう!?どうしたらいい!?」
「・・・・・・知らないわよ」
初恋だ、と語られて波江が吐きそうになるのはこの後だ。