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胡蝶の夢の欠片

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 それなのに。それだけだった、筈なのに。
 火災報知機のスイッチを切る。たったそれだけの動作が、とてつもなく嫌になったのは何時の頃からだっただろう。――なんて、本当はそんなことは考えるまでもなく分かっているのだ。
 一体誰が原因なのか。何時からなのかは、忘れてしまったけれど。

 臨也を訪ねて来る時、必ず帝人は連絡を入れる。今から行っても大丈夫ですかと。
 事前に予定を立てたことはないし、此方から日にちを指定したこともない。帝人が提案し、それを受け入れるかどうかを臨也が判断する。その繰り返しだ。
 臨也にだって外せない用事というものはあるから、その全てを受け入れたわけではない。けれど、出来うる限り臨也は帝人を優先させていた。
 恋人でも、友人でも、家族でもない人間に、良いように使われているという自覚はある。常ならば、それを気に食わないと思っているであろうことも。
 未成年に手を出したことや、特定の人間に入れ込んだことに対する罪悪感や自己嫌悪は全くと言って良いほど無かった。ただ、面白くないだけなのだ。
 帝人はいつも、煙草を携えてやって来る。制服の時だろうがお構い無しに。臨也は煙草は嗜まないし、帝人だってメンバーに感化されたわけではない。そもそも、その煙草は誰かが吸う為に購入されたものでもないのだから。
 初めて帝人が臨也に抱かれる時、たった一つだけ決めたことがある。キスをしない、名前を呼ばない、明かりを点けない。……そんな、ことではなく。
 帝人が要求したのは、たった一つ。全てが終わるまで、彼の思い人の匂いを絶やさないこと。たった、それだけのこと。
 恋人でも何でもない間柄だから、わざわざ何処かに部屋を取ったこともない。だから二人の世界はひどく狭い。きっちりと区切られた寝室は吸いもしない煙草の匂いに染められていて、業者に頼んだって消えはしないだろう。覚えてしまっているのだから、あの男が好んで吸う、煙草の匂いを。
 スイッチを切る必要が無くなった今だって、その匂いが鮮明に蘇る。

 ――帝人君は、どうして俺に抱かれるの。

 もう何度目の行為か数えることすら馬鹿らしくなった頃、一度だけそう訊ねたことがあった。もう他の人間からの愛なんて必要ないのに、どうして此処に来るのかと。
 報われるなんて、帝人本人も思ってなかった片思いが、成就してから。
 帝人から報告を受けたわけではないし、静雄から脅迫紛いの牽制をされたわけでもない。ただ、分かっただけだ。ほんの一瞬、二人が笑い合っている場面を見ただけで。
 どうやって二人が結ばれたかなんて興味はないし、嫌がらせで帝人の行為を静雄に懇切丁寧に教えてやろうとも思わなかった。元々この関係は期限こそないが条件付きのものだったのだから。
 だから、帝人の気持ちが報われてしまえば、それでこの爛れた生産性の無い関係は終わりを告げるのだと、そう思っていた。それなのに、帝人は静雄の恋人となった今でも此処を訪れる。
 話をするわけでもなく、食事をするわけでもなく、取引を持ち掛けるわけでもない。今となっては静雄に対する裏切り行為をする為だけに、帝人は此処に足を運んでいるのだ。一体何故。
 そんなこと、臨也に分かるわけがない。だから、訊いた。答えは返って来なかったけれど。
 確かめたいのだろうか、静雄の気持ちを。
 確信が欲しいのだろうか、この幸せが本物だと。
 帝人と静雄が付き合い始めてから、寝室で煙草が無意味に焼かれることはなくなった。その代わり、帝人は必ずと言って良いほど静雄の匂いを纏っている。つまり、静雄に会ったその足で、他の男に抱かれているわけだ。他人をどうこう言える立場でないことは重々承知だが、この少年も純朴そうな顔をして大概イカレた神経をしている。
 帝人が今も此処を訪れる理由の一つとして、欲求不満というのを考えたことがある。静雄は本来感情表現がストレートだが、己の持つ化け物並の力に怯えている所為か、怒りや憎しみは兎も角愛情を表現することを恐れている節がある。それに加えて、帝人は華奢というより貧弱な身体だ。感情のままに突っ走って怪我でもさせてしまったら……などと考えて、抱き締めることさえ出来ずにいるのかも知れない。
 そう考えるとその先のステップに進める筈もなく、中学生も吃驚な清いお付き合いをしているのだろう。だがしかし、帝人は思春期真っ只中の男子高校生であり、しかも少々特殊ながらも他人と抱き合う悦びというものを知っている。そして、それを教えたのは臨也だ。
 だから、帝人は恋人でもない自分に抱かれに来る。そう考えた方が、良かった。
 
 お茶すらしないで雰囲気も無しに行為に及び、けれど時々要求してくる相手の為に、甲斐甲斐しく常備しているミネラルウォーターだとか。
 終わるや否やさっさと身支度を整えて背中を向けられるのが嫌で、わざと抱き潰してみた夜のことだとか。
 最中にいつもとは違う声で、感情で名前が呼ばれるのが嬉しくて、でも、次の瞬間目にする罪悪感に満ちた相手の顔だとか。
 もう終わりにしようか、飽きちゃったし。そう一言口にしてしまえば、跡形も無く消え去ってしまう関係だとか。
 本当は、分かっていたのかも知れない。
 閉じられた世界の上でしか成り立つことを許さない、愛も信頼も無い舞台で何度も囁いた、陳腐で装飾の欠片も無い、睦言。
 愛が欲しいと言ったから。そう相手に責任転嫁して、縋るように名前を呼び、雨のように言葉を降らして。
 物語の世界に憧れるような、テレビに映し出される世界に焦がれるような、この感情の名前も。
 自分に向けられることがないのだと分かっていた筈のそれが、泣きたいくらいに温かくて優しいものだと、知ってしまったその日から。
作品名:胡蝶の夢の欠片 作家名:yupo