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Message From The Moon

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 どうせ気づかれないだろうと、たったそれだけを地面に書き留めるとジャックは再びヘルメットを被りDホイールに跨った。きっと誰にも読まれず雨や風に流されて消えるか、若しくは全く関係のない人間が読んで首を傾げるかのどちらかだろう。
「……フン。馬鹿だなオレは」
 そう自嘲し、もうここには二度と来ないだろうと彼はその場を後にした。


 しかし人生とは奇妙なもので、それから数日も経たないうちにまた彼の元へ一通の手紙が送られてきたのだ。先日と全く同じ、薄茶の封筒と真っ白い便箋だった。便箋にはこう書かれていた。
『カードは差し上げます。けれどとても大事なものなので、なくさず使ってもらえると嬉しいです』
 だめだ。ジャックは首を振る。これでは手紙がここで終わってしまう。まだ、まだもう少し、欲を言うならもっとずっと手紙を読んでいたい。どうしてここまでこの人物に執着するのか、彼自身解りはしなかった。しかし、この繋がりは絶ってはいけないと彼の中の誰かが声を張り上げて主張する。ジャックは再びあの場所へとD・ホイールを走らせた。勿論、誰もいない。けれど彼は夢中になって地面へと文面を書き綴った。
『オレをここまでのし上げたのは貴方のカードだ。返却する事を望んでいなくとも、気持ちだけでいい受け取って欲しい』
 返事が返ってくるのには、少々間があった。数日を経てついた封筒は、今までのものよりも少し厚い。便箋は数枚に渡っており、一糸乱れぬ几帳面な文字がずっと綴られていた。気持ちは十分に伝わってきました、から始まって、ジャックがキングになるまでのデュエルをずっと見ていたこと、一番最後の試合の一番最後の決め手にスターダスト・ドラゴンが出てきたときに驚いたこと、ソリッドビジョンのスターダスト・ドラゴンはとても美しかったこと、それらが見られて本当に嬉しかった事。それらが真摯で丁寧な言葉で穏やかに書き綴られていた。
 手紙を読むうちに、ジャックの心はまるで熱されたかのようにカッと暖かな何かを生み出して、それが濁流のようになって体中へ流しだしていった。手紙の最後には、だからデュエルキングがそのカードを使ってくれることが喜ばしい事ですという文面があったが、彼はもういてもたってもいられなかった。カードホルダーにスターダスト・ドラゴンをデッキごと突っ込んで、速く、早く、疾くとD・ホイールを飛ばし、いつもメッセージを残す場所へと辿り着く。ジャックが書き残したメッセージは、几帳面な事に誰かが綺麗に消していてくれていた。ここまで来て書き残しを見てくれているのだから、遠くにいる人間では無いはずだ。それにカードはあの日空から降ってきた。という事は少なくともビルの上からカードを手放した事になる。ジャックはぐるりと頭上を見上げた。高いビルが空を埋め尽くすかのように伸び上がるドミノシティの空は、しかし子供が手を伸ばしてカードを落とせそうなところなど無い。苛立ちにも似た焦りを抱きながら、ジャックはあちらこちらを見上げた。そしてふと、一つのビルが彼の目に留まる。
(MIDS……)
 海馬コーポレーションのモーメント開発研究所。本社とは離れた場所にあるこの大きな大きなビルでは、このドミノシティの動力エネルギーであるモーメントの管理と研究を日夜行っている場所だった。そのMIDSのビルの上層と地下部には研究員とその家族が一緒に住めるような住居施設があるというのを聞いたことがある。ジャックは一際大きく空へと伸び上がるビルを見上げた。新しく、頑丈で、大きい。下層になるに連れて裾が広がるような形状なのは、恐らくそこから研究所になっているためだろう。ガラス越しに覗いたフロアの中では、白衣やスーツの人々が忙しそうに行きかっていた。こんな所に入るなんて、いかにデュエルキングでも場違いだ。一瞬躊躇したジャックだったが、それよりも手紙の主を探したいという思いの強さの方が勝った。彼は意を決して、オートマティックドアの前へと立つ。
 中に入ると、案の定沢山の視線が突き刺さってくる。ひそひそと小声で会話を交わされた。けれどそれがどうした。ジャックにはそんな事慣れきったことだった。キングになってからも、キングになる前からも良くある出来事だ。
「失礼ですが」
 とにもかくにもビル内の案内図をと思い歩んでいると、ジャックは急に声をかけられた。彼の前に立ちふさがったのは、がたいのいい金髪の男だ。肌も焼けており、室内に篭って研究に勤しんでいるのが疑わしくなるほど逞しい。白衣の胸ポケットには名札が引っかかっている。ルドガー・ゴドウィン。ちらりとそう名前が覗いた。
 ルドガーというらしい男は、色素の薄い目をジャックから逸らさずに、些か厳しい表情のまま言葉を続ける。
「この研究所内の誰に会うにしてもアポイントメントが必要なのですが、取られましたか」
「何?」
「重要な研究所なのでね。部外者に勝手に入られると困ることもあるんです」
「……いや」
「困りますね」
「すまない。オレはただ、」
 このカードの持ち主を、と彼はデッキホルダーからスターダスト・ドラゴンのカードを取り出そうとした。ジャックがカードを取り出して、ルドガーに見せようとした刹那、彼らの横にあったエレベーターのドアがポンという軽い音を立てて開く。エレベーターに乗ってきた、これもまた白衣の研究員は、一歩出てきたところで足を止めジャックとルドガーを交互に見る。頭が振られる度につんつんと跳ねた黒髪が揺れ、まるでツノのようにぴょこんと飛び出た部分に走る金色のメッシュが煌いた。藍色の目は夜空を閉じ込めたようで、釣りがちの目の中で強い光を放っている。研究員は二人を見た後小首を傾げてみせた。
「何をしているんだ?」
「遊星。部外者が入っていてな」
 遊星と呼ばれた研究員は、ジャックよりも頭一つ分ほど低い背丈でじっと彼を見上げると、それからふっと吐息にも似た笑いを漏らし、ごくごく小さな声で「……ジャック・アトラス」と呟く。
「は」
「この前デュエルキングになったジャック・アトラスだ。ルドガー、少しはテレビでも観て気分転換した方がいいぞ」
 それから彼は、ジャックのカードを持っている手をほんの少しだけ引き寄せてそのカードが何なのかを確認すると、再び先ほどと同じ笑いを繰り返した。
「返さなくてもいいって、あれほどいったのに」
「!……まさか、」
 ジャックは目の前の彼を凝視した。まさかコイツがカードの落とし主だというのか。いや、もう予想なんかではない、コイツが落とし主で間違いない。男だった。それもMIDSの人間で。けれど嫌悪らしい感情は湧かなかった。むしろ、手紙を受け取った時のように、腹部の辺りからカッと発熱が起こってそれが全身へとゆっくり広がっていくような緊張にも似た感覚がジャックの中では沸き起こっている。遊星。スターダスト・ドラゴンの落とし主は、遊星。
「遊、星……と、いったか」
「ああ。……立ったままでもなんだな。こっちだ」
作品名:Message From The Moon 作家名:enk