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貴方に贈る子守唄

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「そう言うのを、世間一般ではブラコンって言うんだよ。まぁ君達兄弟はお互いブラコンなんだから、気にする必要は今更無いよね!」、と幼馴染は言っていて、でも弟も俺を慕っていてくれるのが分かるから、別に気にはしない。

『兄貴、またやっちゃったの。怪我、無い?』

気遣わしげな視線と共に、携帯に表示された台詞は、耳以外は正常、どころか規格外に丈夫な俺には似合わず、思わず苦笑してしまう。

「ばぁか、俺を誰だと思ってんだよ。」

そう、と小さく頷いた弟が、同様に小さく、ホッと息を吐いたのを、肌で感じ取ってしまう。
結局俺がどうであったって、弟は俺が心配らしかった。兄として聊か情けないが、それも弟の愛であると思えば、温かい気持ちに包まれる。


 と、弟は俺から視線を外し、続く公道の延長線上を見て、小さく手招きしている。
倣って俺も目を向けると、途方に暮れた様に立ち尽くす少年が、此方を見ておろおろしている。
弟を見て、俺を見て、悩んだ挙句、おずおずと、向かって来た少年は、俺と、弟と比べても、小さく華奢で、どう見ても高校生とは言えない身体付きをしていた。

「                」

弟の言葉に、少年は頷く。
何を言っているかは良く分からないが、時折チラリチラリと俺を見る瞳にどうやら俺の話をしているらしい、と場の空気を読む。
その間、俺は黙ってその少年を見ていた。


 染める事を知らない、短くカットされた髪は、健康的且つ清潔感を感じさせる印象を持たせる。
白磁の肌、とでも言うのか、日に晒された事の無い様な肌は病的に白く、実は虚弱体質なのだと言われても納得してしまうかもしれない。
だが、まろやかな輪郭を描く顔の、柔らかそうな頬は薄桃に染まり、きちんと血の通う人間なのだと知らせる。
そして最後に目にした瞳は、まん丸と薄灰で、光の加減に因っては濃紺にも見える色合いをしていた。
その瞳が、今は穏やかに凪いでいる。多少の緊張感は孕んでいるものの、それは恐らく俺が目の前に居るからであって、それ以上の意味は為さない。
そこで、先刻まで魅せていた少年の双眸が脳裏に過る。
純粋な憧憬と、純粋な狂気を孕んだ色。
キラリと瞬いたそれは、決して綺麗だと、明言してしまえないだけの何かがあった。
その色こそが、純朴で平凡そうな少年を、異常者だと、俺に認識させてしまう要因になっていた。


 ぼんやり物思いに耽っていると、唐突に少年の視線が俺へと移り、俺のサングラスを通さない瞳を見返して、小さく頭を下げた。

「                                   」

少年が何かを言っているのは、分かる。口が動いているのだから、そして俺を真っ直ぐ見ているのだから。
だが、俺には、分からない。分かってやれない。
優しげな色合いをした瞳が俺を見て、きっと言っている言葉もそれ相応に温かいだろうに、聞えない事が悔やまれた。
あぁ、だから、健常者と関わり合いを持つのは、嫌なんだ。

思った事が顔に出たのだろうか、少年の顔色が変わる。
緩やかに弧を描いていた眉がハの字に垂れ、見るからに狼狽えている。
どうしよう、と雄弁に語る顔を気の毒に思って、でもどうしたら良いのか、分からなくて、俺は助けるを求める様に弟を見た。
俺の無言の催促を正しく理解した弟は、やはり言葉無く小さく頷いて、少年に向き直ろうとした、が。
少年は何を思ったのか急に携帯を取り出し、凄いスピードで何事か打つと、俺に差し向ける。

『初めまして。竜ヶ峰帝人、と言います。普段から幽君には御世話になっています。』

少年、竜ヶ峰のそうした行動に、俺は目を瞠った。
俺は一言も言って無い。耳が聞こえない、と言う事を。
それなのに、この少年は、この短時間で、察したと言うのだろうか。

「・・・どうし、て・・・」

声に出した俺の困惑を聴き取って、竜ヶ峰は微笑む。
何も言わなくても良いと、分かっているからと、まるで聖母の様な笑みで。
訳も無く泣きたくなるなんて、縋りつきたくなるなんて、初めてだった。
許されたんだと、思った。壁を作らなくても良いんだと、思った。


 竜ヶ峰は弟と高校入学時から仲良くしてくれているのだと、彼自身に教えられた。
弟は、俺よりも数段器用なクセに、感情面がとんと不器用で、誤解される事も多く、友人があまり多い方では無かった。
殆ど学校での出来事を語らない弟のそうした面を知る事が出来る機会なんて、家庭訪問や三者面談で、担任は弟の優秀さを誇張する一方で、人付き合いの無さと言うか、無頓着さぶりをそこはかとなく仄めかし、つまり学校で上手くいっていないのだと、親に相談するのだった。
両親は、そんな弟の事を決して叱りはしなかったし、無理に聞き出そうともしなかった。教育を放棄していたのでは無く、弟が自分から話してくれるのを待って、信じていたからだ。
弟は両親や俺に心配を掛けたく無かったらしく、結局中学3年間、どう言った生活をしていたのか、話す事は無かった。が、然して学校に楽しみを見出せない様子の弟を、俺なりに心配していた。
高校だって大して意欲を示さなかった弟が今の高校を選んだのは単に、俺の母校だったからだ。兄として嬉しく思う反面、俺の悪評が残ったままの高校に送り出す事を不安にも思っていたのだけれど。
通って数日、中学時には醸さなかった雰囲気を伴って、弟が家路を出て行く姿を毎日見送る事が出来るようになった時は、何があったかと驚いた。
楽しそうな、浮足立ったオーラを纏いながら帰宅して、それまで持っているだけでほぼ使用率0だった携帯電話でメールの遣り取りをしている。
純粋に、喜んだ。何があったかは分からないが、確かに弟は学校に行く事を楽しみにするだけの何かに出会えたのだと。
それとなく聞いてみると、『友達が出来た』んだと、滅多に動かない表情筋を動かして口元を緩めた弟を見て、未だ見ぬ誰かに感謝したものだ。

 その、何時かの相手が、眼前の少年なのだろうと、悟った。
弟の雰囲気も日頃帰宅後に纏わせるソレに似ているから、多分あっていると思う。
そう思えば、じわりと胸に広がるのは、少年に対する感謝と、喜び。
これからも弟を宜しくなと、クシャクシャと黒髪に手を差し入れれば、予想に反して柔らかい髪質が、とても手に馴染んだ。
竜ヶ峰は俺の行動に驚いたみたいだったが、特に拒絶もされないので、思う存分撫でる事にした。





 あれから、成り行きで食事をして、互いに連絡先を交換し別れ、今だに交流を続けている。
柔らかく笑う少年はとても気の利く性格で、きっと今までも無意識に誰かを支えて来たのだろうと思わせた。
上京して1人暮らしをしていると言う少年を心配し、ついお節介で「偶には家に来て食事でもしてけ。」、と言った言葉が、そのまま実行されている。
俺も大学があるから街で会う事自体は少ないけれど、気付くと、帰宅してリビングに竜ヶ峰が居る事が、日常になりつつあった。
控えめで礼儀正しい言動を両親も甚く気に入り、息子その3と見做されて可愛がられている。
初めは恐縮しっぱなしだった竜ヶ峰も、慣れて行くにつれて強張っていた顔に笑顔が灯る様になった。
作品名:貴方に贈る子守唄 作家名:Kake-rA