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祭囃子は聞こえない

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だが急な呼吸はすぐにはうまくいかず、男は何度も激しく咳き込む。
ひりつく喉が先程の力の凄まじさを物語っていた。
「…はぁ……ぁ…う…っ…げほっ…」
なんとか落ち着きを取り戻しつつある呼吸と心臓。
涙の膜が張った視界に青年の靴と地面が映りこんだ瞬間、男は自分の身に何が起きたのか理解した。
自分は地面に叩きつけられたのだ。
青年に”軽々と持ち上げられて”
――化、物…っ
加速度的に増していく恐怖と悪寒に男は歯を鳴らしつつ、なんとか体勢を立て直し『化物』をゆっくりと見上げた。
――平和島、静雄。
それが叩きつけられる前に脳裏に浮かんだ名前だった。
あまりにも有名な、その名前。
だが先程の異常な膂力からして本人であることは間違いないだろう。
しかし何故?何故池袋の喧嘩人形がここに?
疑問は尽きないが、今は逃げなくてはならない。このままでは確実に殺されてしまうだろう。
その証拠にサングラス越しに突き刺さる視線は殺意に溢れ、刃のような鋭さを放っていた。
――とにかく逃げ… …っ!?
だが、男はまたも逃げることが出来なかった。
なぜなら地面についた己の右手の甲に、”いつの間にかナイフが深々と刺さっていたのだから”
「ああああああああああああっ!!?」
悲痛な叫びが路地に響き渡る。
男は目の前の惨状と痛覚が伝える痛みに、平和島静雄のことも忘れ、悲鳴を上げた。
――痛い痛い痛い痛い!!!ああああああ何だ何でどうしてこんなことに痛いいやだいやだ痛い何で痛いあああああ!!!
口内で、脳内で、悲鳴を上げ続ける男。その思考は混乱の極みにあった。
だが痛みと恐怖が滲んだその悲鳴は、第三者の手によって早急に堰き止められることとなった。
「ぁあああああ――んぐっ!!?」
大きく開いたその口に、手荒く布が押し込まれる。
「あぁもう、うるさいなぁまったく。これぐらいで喚かないでくれるかな?」
嫌悪感を隠しもせず放たれた言葉は、いつの間にか目の前にいた青年から放たれた。
――今度は誰だ!?
痛みと混乱を紛らわせるかのように口内の布を噛めば、目の前の青年は先程までの不機嫌さが嘘のように表情をころりと変えた。
「ええ、そうそう。静かにしてて下さいね」
まるで作り物のような、綺麗な笑みを浮かべる青年。
端正な顔立ちと相まってか、底知れない恐ろしさを感じ、男は背筋が震えた。
それはこれから起こることに対する予兆だったのかもしれないが、男がそれを気づくのは全てが終わった後だった。
「こんばんは、――さん。貴方のことを調べさせて頂きましたよ。なんというか…まあ、随分と最低な事をしているんですね」
くすくすと笑いながら喋るホスト風の青年に男は瞠目し、驚きの目を向けた。
――な、何でコイツ、俺の名前を…
疑問の視線を青年に投げかけるが、青年は答えない。ただ笑みの色を濃くするばかり。
「42歳、独身。職業、元警察官。現在はスポーツジムのインストラクターをしている傍ら、ネットビジネスも手掛けている。…そして趣味はいたいけな青少年に対するストーカー行為。警察の職を追われた原因もこれに起因する。…まあ、詳しくはまだまだありますが、ざっとこんな感じですかね?どうです?合ってます?……ああ、すみません。そういえば喋れませんでしたね。これは失敬」
――くすくす。
小馬鹿にした言葉を吐き、にこにこと人好きのいい笑顔向ける青年。だがこの状況下では不気味な事この上なかった。
男はそんな青年に自身の素性を暴かれた怒りよりも、『何故、どうして、信じられない』といった表情を向けるが、青年は男の様子を愉しげに眺めたまま、何も言わずに立ち上がった。
「男子高校生をストーキングして、尚且つ暴行まがいのことをするなんて最低ですね。ああ、最低だ」
ホスト風の青年は表情こそ笑っているが、目には嘲りの色を浮かべている。
横に並んだ化物も青年と同じように男を見下ろし、相変わらず殺意の篭った目で男を見つめていた。
二人並ぶと恐ろしいまでの威圧感を生む。
男は自分が震えているのを感じた。
「まあ、そうは言っても普段ならこんなこと別に気にもしないんですがね、今回はちょっと特別でして」
そう言って青年はすらりとした長い足を軽く浮かせると、勢いよく男の右手に振り下ろした。

「帝人君に触るだなんて死にたいの?」

「――――っっ!!!」
振り下ろした先にはナイフの柄。
男の手の甲に突き刺さったナイフの柄が、青年の靴底をしたたかに受け止めた。
「――っ!!んんっ!!!んー!」
柄は加えられた力に従い、残りの刃を肉に沈み込ませる。
根元まで埋まった刃が完全に男の手を地面に縫いつけると、傷口から溢れ出た血が地面を赤く濡らした。
男は痛みのあまりなんとか青年の足を退けようと震える左手を動かすが、叶わず、下りてきた化物の足によって踏みつけられた。
「っっ!!!」
みしり、鈍く軋む音が体中に響き渡たる。
大分手加減しているのか骨は折れていないようだが、それでも『化物』の力は強い。
こうしている間にも、肉が、骨が、踏み潰されそうだった。
「へえ、随分手加減がうまくなったね。シズちゃん」
「…うるせぇ、黙れ。お前と話すとうっかり手ぇ踏み潰しそうになるんだよ。糞ノミ蟲。話しかけんな」
「あはは。協力体制敷いてるっていうのに、ほんと変わらないね、シズちゃんは。あー胸糞悪ーい」
「……………」
みしり、
「――っんん!!!!」
先の会話通り、化物の足先に体重と力が加算される。足下の掌が悲鳴を上げた。
――何だ!何だ!何なんだ!なんで俺がこんな目に…!!
心の中で嘆けば、まるで見透かしたかのように青年が口元に笑みを作った。
「貴方は手を出しちゃいけない人物に手を出したんですよ。――さん」
口調こそ柔らかいが、目には優しさの欠片もない。
「ああ、でも安心して下さい。殺しはしませんから。『なるべく生かす方向で』という意向らしいので」
そうでしょ、シズちゃん。
青年が隣の化物に同意を求めれば、化物は端的に肯定の返事を返した。
「ただ、まあ。『なるべく』なのでこちらもそれ相応の行動をさせて頂きます。このままじゃ腹の虫がおさまらないので」
正直殺したいところなんですが。
恐ろしいことをぼそっと呟き、青年は冷笑を浮かべた。
「社会的に死んでもらうのは勿論の事ですが、肉体的にも”ギリギリまで死んでもらいます”」
「……?」
男は青年の言葉に疑問の視線を投げかけるが、頭のどこかでは理解していたのかもしれない。
止まらない震えと背筋を走る悪寒が、それを漠然と伝えていた。
「今日は凄いんですよ。本当に。貴方がこれまで経験したどの修羅場よりも、きっと凄い。とにかく”豪華”ですよ」
まるで準備に準備を重ねたパーティーを説明するかのように、楽しげに語る青年。
その顔は喜悦に歪んでいた。
「各所の根回しも、情報操作も完璧。”柵”の準備も万全。どこに逃げても見つかりますよ、”今日の池袋”ではね。生き延びたかったら池袋から出て下さい。これがアドバイスです」
そしてナイフの柄から足を下ろすと、無造作にナイフを抜き取った。
「――――っ!!!!!」
くぐもった悲鳴が上がる。
あまりの激痛に汗が吹き出し、涙が零れた。
作品名:祭囃子は聞こえない 作家名:鷲垣