キミの旋律
俺とメイコは、マスターの影響なのか、パソコン内でも、自由に話が出来る。
そのおかげで、時々、ケンカも勃発したりするのだが。
「カイト、アイス食べるー?」
マスターが、楽しそうに聞く。
「ああ・・・はい、食べます」
いや、実際には、食べられないのだけど。
マスターは、綺麗に洗って乾かした、ハーゲンダッツのカップ(中身なし)と、スプーンを差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、マスター」
俺は、カップとスプーンを受け取ると、アイスを食べる振りをした。
まあ、いわゆる、ままごと遊びのようなもの。
大分恥ずかしいが、他に方法がないんだから、しょうがない。
「メイコは?お酒?」
「あ、はい。もちろん♪やっぱ、動いた後は、お酒でしょ?」
「飲みすぎないでねー」などと言いながら、マスターが、空のワンカップをメイコに渡す。
メイコも、慣れた手つきで、酒をあおる演技をした。
楽しそうなマスターの笑顔が、胸を締め付ける。
初めて実体化した日、マスターのお姉さんに、「あの子をよろしく」と、お願いされた。
『ちょっとおかしいなと思うかも知れないけど、調子を合わせてあげて』
まあ・・・きっと、色々あったんだろう。
マスターは、VOCALOID以外ともシンクロするらしく、時々、外を通りかかる野良猫や小鳥などと話している。
それだけじゃなくて、いきなりExcelやWordと喋り出した時は、どうしようかと思った。
でも、「便利でいいですね」と言ったら、普段温厚なマスターに、
「はあ?」
と聞き返されたので、きっと、色々あったんだろう。
「ごちそーさまでした」
アイスを食べ終わった(振りの)俺は、カップとスプーンをマスターに返した。
メイコは、まだ、ちびちびと飲む振りをしている。
・・・まさか、本気で酔っぱらったりしないだろうな。
「食べたら、歌の練習しようか。まずは、カイトから」
「はい。よろしくお願いします、マスター」
マスターは、キーボードを引っ張り出してくる。
実体化すると、いいこともある。
こうやって、直接、マスターと歌の練習が出来ること。
「じゃあ、まずは発声からね」
「はい」
一日の中で、この時間が、一番好きだ。
「音痴ー」「ロボ声ー」というメイコのヤジは、きっぱりと無視した。
「次の大会は、優勝狙うわよ」
マスターのお姉さんが、夕食の席で、高らかに宣言した。
・・・・・・・・・・・・・。
「カイトー、お醤油取って」
「はい、どうぞ」
「マスター、袖、気を付けて。お味噌汁こぼれちゃう」
「人の話を聞けぃ!!!」
ばんっ!!!
マスターのお姉さんが、いきなりテーブルを叩く。
「大体ねえ!!あんたが不甲斐無さすぎるのよ!!何、一回戦敗退って!!しかも、自分から『参った』宣言とか!!ありえないでしょ!?ねえ!?」
「・・・だって、相手は、前回準優勝だし。あのまま戦ってたら、カイトが怪我しちゃうよ」
マスターは、ぷいっと横を向いてしまった。
「するかっ!!バトルフィールド内のダメージは、外に持ち越されないって、何回説明したら分かるの!!!」
・・・まあ、俺とメイコは、そうなんだけど。
でも、マスターは。
「いや、俺も、あんまり、マスターに無理は」
「大丈夫!!前に出なければ、当たらない!!」
まあね。
マスターへの直接攻撃は、ペナルティになってしまうし。
大体、最後は、VOCALOID同士のガチ勝負になる。
「それに、こいつに、前に出る勇気はない!!」
「・・・・・・・・」
マスターが黙っているので、マスターのお姉さんは、苛々した様子で、
「ああもう!!あんたはっ!!何とか言え、何とか!!」
「・・・なんとか」
何て、古典的な。
マスターのお姉さんは、自分の髪をかきむしると、
「あああああああああああああもおおおおおおおおおおおおお!!!あんたねえ!!次の大会、優勝しなかったら、こいつらアンインストールするからね!!!」
え・・・
「ええええええええええええええ!?ちょっ!!待って下さいよ!!」
「な、何であたしまで!!消すなら、カイトだけにしてください!!」
「こらーーーーー!!!俺を売るなーーーーーーーーー!!!」
「何よ!!あんたが弱いからいけないのよ!!!」
「二人ともうっさーーーーーーーい!!勝てばいいのよ!!勝てば!!!」
「マスター!!何とか言ってくださいよお!!」
俺の必死の懇願に、マスターは、ちらっとこっちを見て、
「・・・なんとか」
あれ・・・怒ってますか、マスター?
マスターのお姉さんとメイコも、思わず絶句。
マスターだけが、無言で食事を続ける。
・・・気まずい沈黙。
「あ・・・まあ、優勝は、ちょっとハードルが高かったわね。一回戦敗退したら、にしておくわ。うん」
マスターのお姉さんの言葉にも、マスターは反応しない。
むくれた顔で、もくもくとご飯を食べ続けていた。
「二人とも、お休みー」
「お休みなさい、マスター」
「マスター、また明日ねー」
俺とメイコは、パソコンの中に戻ろうとするが、マスターに呼び止められる。
「あのさあ、二人は、大会出るの、好き?」
え?
「いや、好きとか嫌いとか・・・」
マスターの命令であれば、従うのが当然で。
好きかどうかなんて、考えたこともない。
「あたしは、好きですよー。勝つと、スカッとするし」
・・・うん、メイコは、そうだろうね。
「そっか・・・」
マスターは、ちょっと考えてから、
「でも、VOCALOIDは、歌う為に作られたソフトだよね?それなのに・・・バトルって、おかしいと思う・・・」
・・・・・・・・。
「まあ・・・確かに」
「そりゃ・・・あたしも、選べって言われたら、歌ですけど・・・」
俺とメイコは、思わず顔を見合わせる。
マスターは、目を伏せて、
「どうして・・・・・・皆・・・嫌じゃないのかな・・・」
う・・・うーん。
「わ・・・分んないですけど、でも」
メイコが、首をひねりながら、
「でも、あたしがバトル好きなのは、勝つと嬉しいってのも、もちろんだけど、一番は、マスターを自慢できるってことです」
「え?」
マスターは、きょとんとした顔で、メイコを見た。
「うーん、つまり、あたしのマスターは、こんなに凄いんだぞってのを、他のVOCALOIDに自慢したいというか、あんた達全員、ひれ伏しなさいというか、あたしの奴隷になりなさいと・・・」
「・・・その辺でやめときな、メイコ。墓穴だから」
「う、うっさいわね!じゃあ、あんたはどうなのよっ!!」
メイコに言われて、俺は、自分の頭をかくと、
「うー、まあ、俺も、マスターを自慢をしたいって気持ち、分かる」
俺の言葉に、メイコは大きく頷く。
俺は、マスターに視線を向けて、
「VOCALOIDは、マスターがいないと、歌うことは出来ません。だから、マスターとなる人と出会えて、しかも、マスターの凄さを証明できるっていうのが、皆、嬉しいんだと思います。『俺のマスターは、世界一なんだぞ』って」
「・・・そう思う?」
マスターが、ぽつりと言った。