野ばら
3
「ドイツ、大切な人のために祈ろうよ」
はやく戦争が終わるように。
誤発だったと弁明したとして、首都を焼いた残酷さにかわりはない。自分は確かにあの男の心臓を焼いたのだと、同じ国として、ひどく克明に知った。それまでもただ一国と激しい空爆に耐え、国内には助けを求める他国を抱え、たとえ世界を制した覇王たりえたとしてもそれが容易かったはずはない。
許されないことをしている。
自分たちは互いに互いを殺し合っている。国とは己のないもの、我を殺すものであった。大切に思った者を害し、その血が自分を強者だと知らしめた。
どちらが正義かなど、誰が言えるのか。自分が絶対の正義だと、誰が言い切れるのか。これは自分たちだけの戦いではない。人が憎み合うゲームだ。戦争が起こらなければ、人を殺せばそれは悪だが、この時ばかりはそれが名誉となる。命掛けの殺戮ゲームだ。
傍らを歩くイタリアが、白旗を手に何やら話し掛けてくる。戦時下にあるまじき姿勢だった、けれども自分にはそれが羨ましく思えた。この男は戦いを厭う。そしてそれを恥ずべきことだと思わない。ドイツも恥じているわけではないが、しかし自分は国そのものである、許されないことだった。許されないことは、即ちしてはならないことなのだ。ドイツにはイタリアのように、純粋に全ての存在の未来を案じることも出来ない。
自分の上に立つ者たちの過ちを正すこと、それは国である自分には不可能だ。彼らが決めるならそれは絶対である。たとえ罪の無い夥しい数の命が消されたとしても、何も変えることは出来ない。彼らにはわからない、民の消えゆく痛みや喪失感を、一心に受けるのは自分たちであるというのに。
自分は何のために存在しているのだろう。何故人間の形をして生まれてきたのだろう。どうして絶対の王たらんと生きられなかったのだろう。民を第一に考えざるを得ないのは、この身体を動かす力が民にあるからだ。ならば自分が統治する立場にあれば、戦争など起きないはずなのだ。
何故国の上に人を置き、国の下に人を置いたのだ。
自分は口が上手くなく、他者の機微を察することが苦手だった。不器用、そう自分を称する者が多かった。真面目で頭が固く、曲がったことを良しとしない。几帳面で、厳つい男だ。
つまらない奴だと彼には言われた。それに対し「ではおまえは俺が陽気なほうが良いのか」と尋ねると、「そんなことになったら気持ち悪くてかなわねえよ」と返された。彼は非常に複雑に出来ており、その実単純に出来ている。
不意に掴んだ腕は、思わず息を飲むほどに細く頼りなかった。彼はそれなりに強くあった国のはずだ。それなのに、その腕は軽く掴めるような脆さだった。男の腕だ、そうそう壊れるものではない。そう思えど、いつか壊れるのではないかとプライドの高い男に、失礼に過ぎる心配すらした。
自分は口が上手くない。だから口には出さなかったが、誓った。自分の人としての心にかけて、自分に偽り無しと誓った。
どれほど憎み憎まれたとしても、いつか彼のその手に息の音を止められたとしても、自分が感じた今の気持ちを忘れない。そう誓った。完遂しなくても良い。忘れないでいたかった。
それが、自分が人間でいられる瞬間であるように思えた。
そもそも彼とは以前より熾烈な戦争を繰り広げていたのだ。果たして自分たちは国として同じ陣営には立たない同士だった。価値観も、なにもかもが違った。
故に惹かれた。およそ対立するしか行方の無いことなど解り切っていたというのに、自分たちは惹かれていた。惹かれ、互いを求めた。求め、傷付け合った。
何が欲しかったのだろう。結果の見えている未来に抗いたかったのかもしれない。自分ならば守ることが出来るかもしれないと思ったのだろうか。
だとしたらそれはただの独りよがりの傲慢に過ぎない。
あの男はひどく心が弱い。精神は強くとも、人間たる所以の心が弱かった。情と名の付くものに弱かったのだ。その弱みに付け込み自分は彼を求めてしまった。時折感じられる弱さに、えもいわれぬほど惹かれた。自分よりも不器用な嫌いがあり、しかしその時代の彼は世界を制するほどに強大で隙が無かった。彼の強みと弱みは齟齬を生み、気付いた時には欲しがっていた。
頑なに厭世的な姿勢を崩さない男だった。何がそれほど憎いのか、なにもかもが憎いのか。それだから諦念を内包した恋慕を、彼は敵国に抱いたのだろう。期待しないから傷付かない。傷付かないから強く在れる。
自分はそれを知っていて、それを含めて、惹かれてくれるその男を愛しく思った。
対立したなら、きっとイギリスは激しくドイツを憎むだろう。国という立場だけでなく、全てを憎く思うのだろう。
しかし自分は彼を心底憎んではやれない。敵国としては憎めど、恐らく、己の心は彼を殺せることはない。
彼は割り切ることを望み、終わりを覚悟していた。覚悟というものは、強さになる。生きるためには強さが不可欠だった。
――俺は、なにもかもが中途半端だ。
死すら思わせるほどの傷を負わせたのに、心中では彼の残滓に縋り、未来を望んでいる。過去のことだと前を向きながら、いつかを夢見ている。
祈ろうか。
国としてではなく、人として、大切な人のために祈ろうか。
「屈してはならないのは、…負けられないのは、私たちが国であるからです。国であるから、民のために戦わなければならないのです」
「自分も、みんなも死なないようにって祈ろうよ!俺たちにだってそれくらいは許されるよ。ね?」
誰も、死んではならないとイタリアは穏やかな目をして言う。おそらくは誰よりもあの男と似た思考を持つ東洋の島国は、では国ではない未来を、と言う。
「愛することは悪いことじゃないよ」
「ドイツ、大切な人のために祈ろうよ」
はやく戦争が終わるように。
誤発だったと弁明したとして、首都を焼いた残酷さにかわりはない。自分は確かにあの男の心臓を焼いたのだと、同じ国として、ひどく克明に知った。それまでもただ一国と激しい空爆に耐え、国内には助けを求める他国を抱え、たとえ世界を制した覇王たりえたとしてもそれが容易かったはずはない。
許されないことをしている。
自分たちは互いに互いを殺し合っている。国とは己のないもの、我を殺すものであった。大切に思った者を害し、その血が自分を強者だと知らしめた。
どちらが正義かなど、誰が言えるのか。自分が絶対の正義だと、誰が言い切れるのか。これは自分たちだけの戦いではない。人が憎み合うゲームだ。戦争が起こらなければ、人を殺せばそれは悪だが、この時ばかりはそれが名誉となる。命掛けの殺戮ゲームだ。
傍らを歩くイタリアが、白旗を手に何やら話し掛けてくる。戦時下にあるまじき姿勢だった、けれども自分にはそれが羨ましく思えた。この男は戦いを厭う。そしてそれを恥ずべきことだと思わない。ドイツも恥じているわけではないが、しかし自分は国そのものである、許されないことだった。許されないことは、即ちしてはならないことなのだ。ドイツにはイタリアのように、純粋に全ての存在の未来を案じることも出来ない。
自分の上に立つ者たちの過ちを正すこと、それは国である自分には不可能だ。彼らが決めるならそれは絶対である。たとえ罪の無い夥しい数の命が消されたとしても、何も変えることは出来ない。彼らにはわからない、民の消えゆく痛みや喪失感を、一心に受けるのは自分たちであるというのに。
自分は何のために存在しているのだろう。何故人間の形をして生まれてきたのだろう。どうして絶対の王たらんと生きられなかったのだろう。民を第一に考えざるを得ないのは、この身体を動かす力が民にあるからだ。ならば自分が統治する立場にあれば、戦争など起きないはずなのだ。
何故国の上に人を置き、国の下に人を置いたのだ。
自分は口が上手くなく、他者の機微を察することが苦手だった。不器用、そう自分を称する者が多かった。真面目で頭が固く、曲がったことを良しとしない。几帳面で、厳つい男だ。
つまらない奴だと彼には言われた。それに対し「ではおまえは俺が陽気なほうが良いのか」と尋ねると、「そんなことになったら気持ち悪くてかなわねえよ」と返された。彼は非常に複雑に出来ており、その実単純に出来ている。
不意に掴んだ腕は、思わず息を飲むほどに細く頼りなかった。彼はそれなりに強くあった国のはずだ。それなのに、その腕は軽く掴めるような脆さだった。男の腕だ、そうそう壊れるものではない。そう思えど、いつか壊れるのではないかとプライドの高い男に、失礼に過ぎる心配すらした。
自分は口が上手くない。だから口には出さなかったが、誓った。自分の人としての心にかけて、自分に偽り無しと誓った。
どれほど憎み憎まれたとしても、いつか彼のその手に息の音を止められたとしても、自分が感じた今の気持ちを忘れない。そう誓った。完遂しなくても良い。忘れないでいたかった。
それが、自分が人間でいられる瞬間であるように思えた。
そもそも彼とは以前より熾烈な戦争を繰り広げていたのだ。果たして自分たちは国として同じ陣営には立たない同士だった。価値観も、なにもかもが違った。
故に惹かれた。およそ対立するしか行方の無いことなど解り切っていたというのに、自分たちは惹かれていた。惹かれ、互いを求めた。求め、傷付け合った。
何が欲しかったのだろう。結果の見えている未来に抗いたかったのかもしれない。自分ならば守ることが出来るかもしれないと思ったのだろうか。
だとしたらそれはただの独りよがりの傲慢に過ぎない。
あの男はひどく心が弱い。精神は強くとも、人間たる所以の心が弱かった。情と名の付くものに弱かったのだ。その弱みに付け込み自分は彼を求めてしまった。時折感じられる弱さに、えもいわれぬほど惹かれた。自分よりも不器用な嫌いがあり、しかしその時代の彼は世界を制するほどに強大で隙が無かった。彼の強みと弱みは齟齬を生み、気付いた時には欲しがっていた。
頑なに厭世的な姿勢を崩さない男だった。何がそれほど憎いのか、なにもかもが憎いのか。それだから諦念を内包した恋慕を、彼は敵国に抱いたのだろう。期待しないから傷付かない。傷付かないから強く在れる。
自分はそれを知っていて、それを含めて、惹かれてくれるその男を愛しく思った。
対立したなら、きっとイギリスは激しくドイツを憎むだろう。国という立場だけでなく、全てを憎く思うのだろう。
しかし自分は彼を心底憎んではやれない。敵国としては憎めど、恐らく、己の心は彼を殺せることはない。
彼は割り切ることを望み、終わりを覚悟していた。覚悟というものは、強さになる。生きるためには強さが不可欠だった。
――俺は、なにもかもが中途半端だ。
死すら思わせるほどの傷を負わせたのに、心中では彼の残滓に縋り、未来を望んでいる。過去のことだと前を向きながら、いつかを夢見ている。
祈ろうか。
国としてではなく、人として、大切な人のために祈ろうか。
「屈してはならないのは、…負けられないのは、私たちが国であるからです。国であるから、民のために戦わなければならないのです」
「自分も、みんなも死なないようにって祈ろうよ!俺たちにだってそれくらいは許されるよ。ね?」
誰も、死んではならないとイタリアは穏やかな目をして言う。おそらくは誰よりもあの男と似た思考を持つ東洋の島国は、では国ではない未来を、と言う。
「愛することは悪いことじゃないよ」