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まだらの目

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本章 まだら目の化け物


 最近、あいつ、折原臨也の目が変だ。視線を向けられると、どうにも居心地が悪い。その正体を掴もうともがいていたある日、臨也の事務所の書棚を整理しながら、俺は唐突に答えに辿り着いた。好奇。好奇を寄せられている。そのことに気が付いたとき、俺は混乱し、恐怖し、足元がぐらつくのを感じた。それは、かつて俺を踏みにじり、手折った時の目だった。
 その晩、俺は眠れなかった。もしかしたら涙さえ流したかもしれない。帝人と杏里に連絡したほうがいいだろうか、沙樹と二人で遠くへ行ってしまおうか。俺はいかにして逃げるかをひたすら考え、そして絶望を繰り返した。俺は、臨也に精神的アレルギーを持っていたので、アナフィラキシーショックで死んでしまうのではないかとさえ考えた。
 一晩中同じ思考を繰り返し、絶望に慣れてきた頃、俺は頭の片隅で別の何かを考え始めた。何を考えているのかもあやふやだったそれが、形になって意識に飛び込んだとき、俺は一筋の光明を得た。その頃にはもうすっかり朝になっていて、カーテンの外が明るかった。寝不足で重い頭を振って、むくんだ頬を両手で叩く。一種の自己暗示でしかなかったが、それぐらいしか自分を奮い立たせる方法はなかった。

 臨也は最近仕事が重なっているらしく、俺は連日事務所に呼び出され、雑務をこなしていた。いつもは秘書だという女性がいるのだが、今日は別の用事で外に出しているらしい。溜まった郵便物を選り分けている俺の横で、臨也がデスクトップパソコンにかじりつき、キーボードを叩いている。
 改めて考えてみても、おかしな光景だった。俺の日常は東京に出てきてから二転三転し、いつのまにか最も嫌悪している、非日常の象徴のような男の傍に収まっている。もう、あの騒がしい日々から二年も過ぎたが、俺は相変わらず臨也の手伝いを続けていた。
 沙樹は、高卒資格が取れるフリースクールに通わせている。最初に進めた時は気乗りしない様子だったが、入学してみると案外気に入ったようだった。はしゃいで学校のことを話す姿を見て、俺は肩の荷が下りたような安堵感を覚えていた。
 沙樹に学校を進めた理由は色々あるが、実際は、必要以上に臨也の仕事に関わらせたくないという、俺のエゴが大半だった。沙樹を学校に入れると言ったとき、臨也は二つ返事で了承した。俺の胸中も見抜いていただろうに、珍しく何も言わなかったので、拍子抜けしたのを覚えている。
 俺は時間の都合上、沙樹とは別に通信高校に通っている。臨也からの報酬は十分すぎるほどで、金銭的には何の心配もなかったが、臨也がいつ東京湾に沈められるとも分からないので、不安定な状況なのが現実だった。

 突然頭に何か当たって、俺は現実に引き戻された。はっとして顔を上げると、臨也が不機嫌そうに眉を寄せて俺を見ていた。
「ちょっと、忙しいんだからぼやぼやしないでよ」
 手元には投げつけられたらしきボールペンが転がっていて、俺は自分の手が止まっていたことに気付いた。持ったままだった葉書きを、プライベート用の箱に分別する。

 折原臨也は、もう二十台も後半だというのに、はじめて会った時から少しも変わっていなかった。見た目も、中身も。
 二年以上仕事を手伝って、俺は気付いたことがある。臨也は、人を騙したり誘導するのは天才的に上手いが、受身で隠し事をするのは、それほど上手くない。というか、感情を押し殺しきれないところがある。だからこそ、俺は臨也の好奇に気付いたのだ。俺をおちょくるために演技している可能性もあるが、そうだとしたら、どれほどいいか。

「ボールペン返して」
 臨也が手を差し出して、投げつけたボールペンを催促する。俺はボールペンを投げて返した。画面を見ていた臨也が取り落とすかと思ったのだが、ボールペンはしっかり臨也の手の中に納まる。期待が外れた。

 俺は自分のトラウマを甘く見ていた。臨也の視線に気付いてしまえば、同じ空間で一日絶えるのは想像以上に苦痛だった。折原臨也アレルギーの俺は、最初の一日で、吐いた。二日目も同様に。三日目はこらえたが、四日目も吐いた。今までも散々反吐が出るような人間だと思っていたが、まさか本当に出るとは思わなかった。ストレスで癖になってしまったようで、少し辛い。

「正臣君、ちょっとお遣い行ってきて」
 臨也が封筒を差し出す。俺はその表書きに目を通して、即座に顔を顰めた。
「……これ、ヤクザの事務所じゃないですか。嫌っすよ。簀巻きにされたらどうしてくれるんですか」
「何かあったら労災払ってあげるから。早く」
 俺は渋々、本当に渋々席を立った。何の気なしに蛍光灯で封筒の中身を透かしてみる。
「中見たらほんとに簀巻きになるからね」
 背後から追いかけてきた声に、俺は慌てて封筒を下ろした。臨也はここしばらくの忙しさに押され、度々徹夜もしているようだった。声が若干イラついている。

 臨也は、顕著にヤクザからの監視が厳しくなっていた。最近では語学力に目を付けられ、翻訳の仕事も任されているらしい。実際は、そうして仕事を押し付けて、臨也が下手に動かないよう圧力をかけているのだと、秘書の女性が教えてくれた。
 臨也はそんな状況下で、趣味の人間観察も満足に出来ず、手近な俺に好奇の視線を寄せている。一度飽きて投げ捨てた、この俺に。あのいかれた頭で、今も俺を弄ぶ計略を立てているのだと思うと、俺は最近覚えた胃酸の味を思い出す他ない。

 そして俺は、俺を陥れようと画策している奴の変わりに、ヤクザの事務所で冷や汗を流す羽目になった。事務所に通された俺は、強面の男と同室に放り込まれ、極度の緊張を強いられた。無事に事務所に帰り着いた頃には、もう何のやりとりをしたかも覚えていないほどだった。いつのまにか夕方になっていて、時間の感覚もあやふやだ。俺ぐらいの頃にはもうヤクザとつるんでいたという臨也は、やはりまともな神経ではないのだろう。そんなことは良く知っていたが、それでも時々驚かされる。

 事務所に戻ると、臨也は休憩中のようで、ソファに寄りかかりながらコーヒーを飲んでいた。俺は無言で返事の封筒を差し出す。
「ごくろうさま」
「もう二度と行きませんから、俺」
 うんざりしながらそう宣言すると、封筒を受け取った臨也は面白そうに片眉を上げた。
「そう?じゃあ沙樹に頼もうかな」
「やめて下さい」
「やだな、冗談だよ。……やっぱ機嫌悪かった? ちょっと過去のオイタがバレちゃってさぁ。いきなり君をどうこうしたりしないよ。俺が行ったら生爪くらい剥がされるかもだけど」
 臨也は苦笑して、肩を竦めて見せた。話の内容の割に妙に機嫌が良さそうだったが、封筒の中を見てすぐに眉を寄せた。また厄介な仕事を回されたんだろう。
 休憩していたからだろうか。しばらく下げられたままだったブラインドが、全て上がっていた。窓の外には、夕焼けのビル街が広がっている。目を細めて窓の外を見ていると、不意に、例の視線が俺を撫でた。
 俺はそのとき、何を思ったのか、ごく自然に臨也に目を合わせた。ヤクザの恐怖に晒されて、俺まで頭の螺子が緩んでいたらしい。気持ちの悪い、妙に赤い、雑念に塗れた目とかち合った。
作品名:まだらの目 作家名:窓子