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まだらの目

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 珍しく目を合わせた俺に、臨也は軽く目を瞠り、それから作りもののように笑ってみせた。嫌な笑顔だった。取り巻きの女の子に見せる笑顔だ。俺は、ふと思い立って聞いてみた。
「そういえば、あの秘書さんって今日戻って来るんですか?」
「波江?今日はもう来ないよ。興味あるの? あの人美人だけどすごい変態だよ?」
 臨也は軽い調子で笑うと、空になったコーヒーカップを持って、ソファから立ちあがった。俺はその時、はじめて気が付いた。ずっと見上げてきた臨也と、目の高さがほとんど変わらなくなっていたことに。

 キッチンに消える臨也の後姿を見送りながら、俺はすうっと思考が冴え渡るのを感じていた。臨也は、出掛ける前より機嫌が良さそうで、余計な言葉を並べて秘書のことをはぐらかす。これは、ただの勘でしかない。それでも良かった。俺は、俺の意気地を振り絞れるタイミングを待っていたのだ。
 心臓が早鐘を打つ。
「……臨也さん」
 キッチンから出てデスクに戻ろうとする臨也を、俺は緊張しながら呼び止めた。声が震える。しかしそんなことを気にする間もなく、俺は動いた。俺の体を動かすことだけに集中した。呼び止められた臨也が、俺を完全に視界に映す前に。
 折原臨也を、殴り飛ばした。

 手に残る感触に狼狽える。やってしまった。臨也は、想像よりもずっとあっけなく床に倒れた。当たり前だ。完全な不意打ちだった。卑怯だろうと、今更構わなかった。肉を切らせて骨を断つ。どう考えても臨也の骨など断てないが、肉は俺だ。相打ちでもいい。俺の骨は、俺ではないところにあるのだから。

 数瞬も待たず、臨也が緩慢に起き上がった。口の中を切ったようで、手の平で受けて血を吐き出す。俺は、極力無表情でいようと努力したが、上手くできたかは自信が無い。臨也はじっと俺を見上げた。突然の暴挙に怒るでもなく、驚くでもなく、しかしどこかで見たことがある目をしていた。
「……臨也さん。俺は、もう逃げるのは疲れました。……これでいいですか? 少しは好奇心が満たされましたか?」
 俺はそれだけ言って口を噤んだ。俺の発言を黙って聞いていた臨也は、不意に俯いた。微かに肩が揺れている。
「……何笑ってんですか」
 押し殺した声で尋ねると、臨也はふらりと立ち上がった。俺は思わず構えたが、臨也は血で汚れた手の平を振って見せ、再びキッチンに消えた。しばらくして、キッチンから水音が聞こえてくる。静かな空間に、それだけが響いた。

 キッチンから戻ってきた臨也は、興奮を隠し切れない子供のような表情をしていた。ただし、その頬は鬱血して変色している。臨也は、突っ立ったままの俺に対して、ソファの背もたれに行儀悪く腰掛けた。
「後学のために教えてくれるかな。何で気付いた?」
 臨也は笑顔を浮かべて小首を傾げた。
「色々ありますけど、……目が、おかしかったんで」
 床に視線を落としながら、俺は正直に答えた。下手な偽証はつけ込まれるだけだ。
「……実はね、正臣君。ここ一週間ぐらい、俺も君のことをおかしいと思ってたんだよ。視線が変に揺れるな、とね。だから君の言うことは分からないでもないよ」
 臨也は歌うような口調で続ける。
「俺達はお互いに疑心暗鬼だったわけだね。まぁ、実際企んではいたんだけどさ」
「あんたと一緒にしないで下さい」
 俺は思わず口走った。視界の外で、臨也が笑う気配がする。
「そうかな?今のやり方ってさ、もしかしなくてもシズちゃんを参考にしたよね? ……あいつも俺の計略を嗅ぎ付けては、暴力で叩き潰して行く奴だ。君はこの手段を、経験に基づいて、しかし明確な根拠もなく実行したわけだ。それって俺とどのくらい差があるのかなぁ? それとも、俺相手だったら何をしてもいいって思ってたりする?」
「少なくとも、俺は自分で実行するし、あんた以外を巻き込んだりしませんよ」
 意を決して、正面から臨也を睨みつける。臨也は動じた様子もなく、軽く肩を竦めた。
「さすがにこれぐらいじゃ騙されないか。いや、正直、俺は驚いてる。君が何か気付いているようだとは思ってたけど、こんなことするとは思ってもみなかった。君は俺のこと嫌いって言うけど、実際は怖いが正しいよね。動くにしても、姿を消すとか、もっとマイナスな反応をすると思ってた。ここ何年かで確かに君は変わったけど、逃げ癖ってのは早々直るもんじゃないからね」
 臨也の言うことは正しくない。俺は自分で分かっていた。俺の逃げ癖は直ってなんかいない。臨也の想像以上に、俺は臨也を恐れていた。自分でも無意識に。だから、より恐ろしい結果から逃げるために、今、ここにいる。
「でも逆説で言うと、だからこそ俺は、君に再び関心を抱いたのかもしれないね。最近退屈だったから、本当に楽しいよ。……シズちゃんの真似をするという、不愉快な要素があっても、ね。だから俺は、最大限の敬意を持って君を許そう。……指輪した手で雇い主を殴るなんて、碌でもないよ、ほんと」
 臨也は頬を押さえながら、大袈裟に溜め息を吐いて見せた。
「碌でもないのはどっちだか」
 俺はぽつりと漏らした。
「……俺って言いたいのかな? でも、俺だって人でなしじゃないんだよ? 今回だって、ほら、君の度胸に免じて、この計略はお流れにしよう。まだそこまで手を回せてなかったし、君のお遣いの返事がまた……芳しくない。とにかく、今回は手を引くよ」
 臨也は一瞬眉を寄せたが、すぐに笑顔に戻った。人でなしじゃないだなんて、よくも堂々と言えたものだ。実際、俺は臨也の言うことを半信半疑で聞いていた。
「そんな怖い顔しないでよ。信用できない? ……分かった。帝人君に連絡してみな。ダラーズ方面は波江に分担してたからね。管理者権限で最近の動きを見ればすぐ分かるはずだ。……のこぎりは置いて行ったと思うんだけど、ついでにちょっと注意してやれば? 彼女も暴走すると、どうなるか分からないんだよねぇ」
 さらりと恐ろしいことを言いながら、臨也は中空を見つめる。波江というのは秘書の女性だが、インテリ風の美女で、俺にはとてもそんな風には見えなかった。しかし、この事務所にいる時点で、表社会の人間ではないのだろう。この事務所にまともな人間はいないのだ。もちろん、俺も含めて。
「あんたの分担はどこだったんですか?」
 俺は答えを推測していたが、あえて聞いた。
「俺? 沙樹とか?」
「死んでください」
 間髪入れずに突っ込むと、臨也はどこか皮肉気に笑った。
「そう思うなら、刺してみれば良かったじゃないか。さっきのタイミングだったら出来たよね? 殴るにしたって、首を狙えば十分致命傷だ。上手く行けば窒息死。君からしたら傑作じゃない? まだギリギリ未成年だし、やるなら今しかないよ」

作品名:まだらの目 作家名:窓子