二十四時間戦争コンビ詰め合わせ
ナイフを手首の青い管が奇妙に浮かび上がった部分埋めてみる。皮膚が裂けて鮮やかな色をした血が溢れ出した。噴水のように吹き出すのかと思っていたのに、緩やかに流れ続けるそれはほんの少しだけ神秘的に見えた。血液は人体を形成する重要な液体だった。つまりは生命の水。夥しい命を閉じ込めた精液と似た性質をしている。こんなおぞましい色をしているくせに。
人生に悲観したわけではない。痛みが恋しいわけではない。どんな感覚かを知りたくなっただけだった。こんな真似をして得られるものはなく、リビングの床を滴り落ちる血によって赤く濡らすだけだ。本当に死にたいなら首を切ればいい。手首を切る安全な自傷行為などただの甘えに過ぎなかった。
床には放り投げたままのナイフの刃が石榴色に輝いている。血液は変色しない内が一番綺麗だ。人間の体で流れている時とは比べられないが。それを拾おうとすると、後ろから肩を掴まれて無理矢理背後を振り向かされた。静雄がいた。
「やあ、シズちゃん。今日は静かに部屋に入ってくれたね。殴りに来たわりには」
「手前、その手首どうしやがった」
「ちょっとした実験だよ」
サングラス越し眼差しは困惑で満たされていた。大方日常的にやっているのだと思われている。人間は好きだったが、自分の体を傷付け流れ出す血を見て愉悦に浸る趣味はない。そもそも痛い。
赤く染まった手で静雄の手を肩から払いのけようとするが、全く動かない。この状態で殴られたら流石に避けられないので、早いところ距離を離したいのに離せない。怖いくらい無表情で手首の傷を見詰めたまま口を開こうともしない。螺巻を忘れた人形みたいだ。
「……やる気が失せた」
ようやく離れたのは三分後だった。くるりと背を向けて歩き出したので、帰ってくれるのかと思えば、椅子の背に掛けていたタオルを掴んで戻ってきた。ふかふかの布に手首が包まれた。
「ちょっとシズちゃん、それ俺の気に入ってるタオルだよ」
「何かで押さえねぇと血止まんねぇだろ。死ぬぞ」
「死なないよ。手首かっさいただけで死ぬとか余程の事じゃない」
とっとと離して欲しいので、いつもよりも冷めた口調で告げても、静雄の手が手首から遠ざかる事はなかった。傷をタオルで覆って強く握っている。少し血を吸収していくタオルは捨てるしかない。
「何、シズちゃん。俺がリスカしてるのを見て怖くなった?」
殺したい相手が病んでいようが、手首切ろうが関係ないじゃないか。彼は自分にとって恋人でも家族でもない。静雄の表情はやけに穏やかで怒鳴ろうともせずに、血を止める事しか考えてないようにも見えた。
手が僅かに震えているのに気付く。恐怖心はないので、これは本能的にくるものだと自嘲した。理由など分かるはずがなかった。
作品名:二十四時間戦争コンビ詰め合わせ 作家名:月子