二十四時間戦争コンビ詰め合わせ
紅茶の味などろくに分かるはずもない。普段からあまり飲みもせず、せいぜい上旬から奢られたペットボトルタイプのものを飲む程度だった。なので、正直家でわざわざ淹れた紅茶であっても何が違うかなど分からない。
「いいよ、シズちゃんには期待してなかったから」
「んだと、こら」
「ほらほら、早くしないとホットケーキ冷めちゃうよ」
メイプルシロップが山程かけられたホットケーキとはなるべく視線を合わせないでいたのだが、その言葉で見てしまう。甘ったるい見た目と匂いで胃の中に入れてもないのに軽く痛む。見るからにおぞましい物体をフォークで一口大に切り分けると、躊躇いなく臨也は食んだ。口に入れるまでの距離の間にシロップがぼたぼたと皿に垂れていく。
味覚が麻痺しているに違いない。臨也は人を玩具扱いしてせせら笑う悪魔の嘲笑ではなく、純粋に喜びを噛み締めるように微笑んだ。いつもこれなら可愛げがあるのに勿体ない。静雄は紅茶の注がれたティーカップを見詰めながら思う。
「手前、そんだけ甘いもん食ってどうして太んねぇんだ?」
「あ、羨ましい?羨ましいんだね、シズちゃん」
「殺すぞ」
けらけらと笑いながら臨也は「そういう体質なんだよ」とだけ返した。都合のいい体だ。世の中の女が羨むような体質をよりにもよってこんな男が授かるなんて皮肉な話だと心底思う。
これで中身が。中身が良ければ自分達の関係はいくらかは良好だったかもしれない。シロップまみれの散々なホットケーキを満面の笑みで口に入れていく臨也が可愛く見える。
「シズちゃんは食べないの?」
「食えるかこんなもん」
「え、俺全部食べていいの?」
「おい、待てや」
こんなものを全部一人で食べ切る所を想像して胸焼けが起きた。
「うめぇのは分かるけど、明らかに不健康まっしぐらじゃねぇか」
「シズちゃんが俺を心配するとかキモい」
「心配してねぇよ。見てるだけで気分わりぃだけだ」
「だったら出ていけばいいだろ?俺の所でぐうたらしてないでさ」
内心僅かにしていた心配を一瞬で破壊する返答だった。臨也はその体に悪影響をもたらすホットケーキに夢中で、今のは計算や策略を切り捨てた何気ない一言だったのだろう。その証拠に静雄の顔色を窺おうともしない。
甘えるでもなく、ろくでもない事を仕掛けるでもなく、目の前にいる静雄そっちのけで他に没頭する臨也は珍しい。地味にきつい、と静雄は煙草を一歩取り出した。ライターで火に付けようとすれば、臨也がこちらを向く。
「帰っていいよ、シズちゃん。今日は何もしないから」
まさか自分よりも食べ物を優先するのが悔しいとは死んでも言えない。邪気のない表情で帰れと言われて煙草を握り潰した。
作品名:二十四時間戦争コンビ詰め合わせ 作家名:月子