ライチ詰め合わせ
ダフがクラブの隅で顔を赤くしながら本を読んでいる。黒魔術系の本だろうかと思ったが、あの表情は多分違う。近頃タブセくんはあんな不思議な行動をしているなぁ、とカネダは首を傾げた。
「タブセくん何読んでるの?」
「うわあああっ」
「え、ご、ごめん」
背後に立ってみても気付かなかったところを見ると、よほど集中していたらしい。大声を上げて本を閉じた友人にカネダは罪悪感が沸いて頭を下げた。けれど、今日のダフはやはり少しおかしい。やけに前屈みになっている。
「どこか具合悪い?」
「そ、そうじゃないんだけど」
「でも……」
顔も赤いし様子が変だ。カネダは愛想笑いを浮かべるダフにどうすればいいのか狼狽えていたが、救いの神がぽんと肩を叩いてきた。ジャイボだった。
「カネダさぁ、まだ気付かないの?」
「な、何が?」
「ダフの読んでるのエロ本だよ」
「ジャイボ!!」
あ、言っちゃった。な罪悪感ゼロの顔のジャイボに本を取り上げられてダフが慌て出す。ちらり、と見えた中身には全裸の女性の写真が載っている。カネダはそれに特に驚きもせず、狼狽するダフに笑いかけた。
「大丈夫だよ、タブセくんがそういう事大好きだって知ってるから」
「きゃはっ、何気に酷い事言っちゃったね。……でもさ、カネダは読まないの?」
「うん……」
興味がないと言えば嘘になる。しかし、そこまで女性の体を見たいだの触れたいだのとは思えなかった。異性に触れ合う機会がない事も一因かも知れないが、そういう事をしているよりは友達と遊んでいたい。それがカネダの望みだった。
「タミヤくんとチェスしてた方が楽しいし」
「え!僕は!?」
「あ、タブセくんもだよ」
「タミヤとかぁ……ふぅん」
無意識にハブられて涙目のダフとは対照的に、ジャイボはやたらとにやにやしている。こういう時の彼はろくでもない事を考えている顔だ。
「ならタミヤと一緒ならいいんじゃないの?」
「タミヤくん?」
何故タミヤの名前が出てくるのだろう。この話の成り行きからすると、そう言った類の本を二人で読め、となるはずだが、その意図が分からない。横ではダフがまだ前屈みになったままだ。
「どうせまだヌいた事もないんでしょ?ついでにタミヤに教えてもらえばいいじゃん」
「?」
「目の前にオカズがいるんだからきっと乗り気になってくれるって」
「ジャイボ!タ、タミヤくんがカネダくんにそんな事させるわけ……」
「だって女の子に興味がないとしたら、もうあっちの気しかないから」
けらけらと幼子のように無邪気に笑うジャイボの口から出る言葉はとんでもないものだった。だが、そこまでディープなジャンルまでは知らないカネダにとってはよく分からない単語の数々だ。まさか親友といかがわしい行為をさせられようとしているなど夢にも思っていない。
「とにかく!タミヤに一緒にヌいてみたいって言えば分かるよ」
顔半分を隠していた前髪を容赦なく上げられてカネダは熱があるのかと思うくらい頬を紅潮させる。口をパクパクさせて俺から離れようと、俺の胸をドンドンと叩くけれど全然痛くない。これがニコあたりだったら結構ダメージを喰らうだろう。いや、いくら仲がいいニコとでもこんな状況にはならない。
雷蔵から「お友達がたくさんいていいわねぇ」と言われたことがある。そう、ニコにダフ、カネダ。俺には信頼出来る友人がたくさんいて、幸せだと思う時がある。大人に知られてはならない秘密を共有する仲間。
でも、こうして互いの息が口にかかるほど近付いたり、心臓をドクドクうるさくさせる相手はカネダだけだった。単なるスキンシップのつもりでカネダに接しているのではない、と自覚してしまうほど、俺はこいつと一緒にいたいと思ってしまっている。
多分これは友情ではないと俺自身が一番理解していた。カネダは俺とダフ以外に友達と言える友達がいないから、きっとこれが普通だと思い込んでいる。こうして男同士でくっつき合うのが異常だと知ったら拒絶される。それだけは避けたい。
「……りく」
「え、あ」
下の名前で呼ぶだけで困ったように眉を八の字にするカネダが可愛くて他がどうでもよくなってしまう。うるさい女なんて可愛くも何ともない。俺にはカネダがいればいい。大人しくて優しくて泣き虫で、俺を信頼してくれるカネダさえいれば。
(お前を泣かせる奴は俺が追い払う。お前に言い寄る奴も要らない、よな)
俺以外にカネダの心に奥底に触れるなんて有り得ない。この小さな友人を護ってやれる権利を持つのは俺だけだ。昔からずっと、ずっと。