Bellezza
吸血鬼
「なんだよソレェェェ!!」
話を聞いた兄弟から一斉に怒号があがる。
「フザケンナッ!なめてんのか!」
「じょーだんじゃないわよ!なんでブチャラティが、死ななきゃいけないわけ!?」
「そんな奴、返り討ちにしてやるぜッ!!」
「殺せッ!」
口々に非難の声をあげる兄弟達を落ち着いた態度で見回し、ブチャラティは告げた。
「しかしな、相手は吸血鬼だぞ」
シンと空気が凍りつく。
「きゅ、吸血鬼?」
まったく思いがけない情報に、おそるおそる訊ねる。
「ああ、しかも一人や二人じゃない。正確な人数はわからないが、もしかしたら俺達よりも多いかもな」
「マジで!?」
ウッソー!マジ?最悪ッ!!と面々が青い顔をしているのを落ち着いた態度で眺めて、ブチャラティは頷いた。
吸血鬼。
それは不死身の化け物。
いや、実際には倒す方法はあるらしいのだが、それが恐ろしく難しいこともまた知れ渡っている。
そんな化け物が集団で襲ってきたら、さすがにヤバイかもしれない。
一気に暗くなる雰囲気を破り、ブチャラティは兄弟達を安心させるように微笑んだ。
「そんな訳で、オレはいかなければならない。お前達を置いていかなければならないのは気がかりだ。だが皆で協力すればなんとかなるだろう」
「やだ!いやだよォ!!いかないで!ブチャラティ!」
ナランチャがブチャラティにすがりつく。
「いやよ!貴方が死んでしまうなんて、あんまりよ!!」
泣きだすトリッシュの言葉に、ブチャラティは意外な言葉を聞いたという顔をした。
「いや、オレは死んだりはしないぞ?」
「へ?」
「だって命を……」
「ああ、それはそうだが、それはそのままの意味ではなく、彼に血をやることだそうだ」
初めはブチャラティも殺されるのかと警戒したが、館の主にその気はないらしいと分かって安心した。
「なんで僕が、そんなことしなきゃいけないんですか?そりゃ多少の憂さは晴れるかもしれませんが、無駄ですよ。無駄は嫌いなんです。だからもっと建設的な話をしましょう。貴方の命を助けた恩と、僕の命と同じくらい大切な薔薇を傷つけた罰は、貴方の命で償っていただきます。貴方はここに住んで、僕に必要な血液を提供する。貴方が大人しく役目を果たしてくださるなら生活の保障はしましょう。貴方がしたことを思えば悪い話じゃないと思いますが?」
「もしもこの話を断るつもりなら、館の連中が何をするかはわかりませんよ?」と告げた館の主の笑みに、館をうろつく怪しげな連中を思い出し、ブチャラティは頷くしかなかった。
命まで取らないというのなら、大切な兄弟まで巻き込んで、あの怪しい連中に喧嘩を売ることもないだろうとの判断だった。
「たまにはお前らも館に遊びにきてもいいとのことだ。何をすればいいのかは、まだよく分からないが、分かったら連絡する。別にこれが永遠の別れという訳でもない」
だから元気でやれ、とブチャラティは笑った。
「それでもやだ!ブチャラティが行くならオレも行くッ!」
「そうよ!一人でなんか行かせないからッ」
「納得いかねェッ!」
ブチャラティの言葉に、ますますナランチャはぎゅうぎゅうとしがみつき、トリッシュもアバッキオもブチャラティを一人では行かせないと声を荒げた。
そう、この辺りで話がおかしくなった。
それは何故か?
フーゴだ。
ここでフーゴが余計なことをいったのだ。
「しかし、それなら別にブチャラティがいかなければいけないという訳でもないのでは?」
比較的冷静な態度で話を聞いていたフーゴがの言葉に全員が耳を澄ませた。
「あちらが要求しているのは血液の提供者であって、それがブチャラティである必要性はない気がします」
「そっかー!そーだな!!」
「そーよ!ブチャラティじゃなくてもいいはずだわ!!」
喜び騒ぐナランチャとトリッシュ。
おい、ちょっと待て!
なんか嫌な予感がするんだが……。
何で皆こっちむいてるんだ?
まさか……。
「ミスタ」
アバッキオが威圧的な態度で睨んでくる。
「ちょっと待てよ!何でオレ!?」
「ブチャラティは、オレ達に必要な男だ」
それってオレは必要ねェってことかよ!?
しかも自分も行く気はねェって!?
「ナランチャに行けというつもりじゃないでしょうね?ナランチャは、まだ風邪が治っていないんです。だから本来ならベッドで寝ていなきゃいけないんですよ。寒くて危険な森の奥になんて、とても行かせられません」
そして当然その看病があるから、自分も無理だと主張するフーゴ。
「まさか私に行けっていうの?」
たしかに美しい処女の血は吸血鬼好みかもしれないけど、まさかそんなヒドイことは言わないわよね?トリッシュは微笑む。
「ッ……オイッ……マジかよ!?」
追い詰められたミスタに、ブチャラティが心配ないと微笑んだ。
「いいんだ、ミスタ、これはオレが招いたことだ。オレが行く」
ブチャラティの言葉に皆が落胆の表情を浮かべた。
そして、その言葉がミスタの心を決めさせた。
たしかにアバッキオの言う通り、ブチャラティは皆に必要な男だ。
そして自分にとっても恩人である彼を、危険な場所に一人で赴かせるわけにはいかない。
相手は吸血鬼らしいが、どうやら全く話が通じない相手というわけでもなさそうだ。
他の条件をひきだすことも、場合によっては可能かもしれない。
そしてこの任務に適任なのはオレだろう。
冷静だ。
この状況で冷静に判断できてしまう自分が憎い。
だが、仕方がない。
「いや、オレが行くぜ」
行ってどうなるのか、何ができるかわからない。
だが、それが自分の役割だ。
ミスタはそう、心得ていた。